その28
「どうしたんですかスノー? 疲れました? それとも人の多さに酔ってしまいましたか?」
急に黙り込んでしまった私を心配して、顔を覗き込みながら話しかけてくるレナ先生。
おおっと、いけないいけない。犯人を捕まえて、もし女の人だったらそのおっぱいをどうしてくれようか、なんて企んでたなんて言える訳もない。……別にいつも言ってる事とあんまり変わらないな……。ま、まあいいや。
さて、ここであからさまな行動に出ると犯人に違和感と不信感を持たれてしまうかもしれない。それならば……。
「れ、レナ先生、お願いします!」
ん! と両手を上げて抱っこを要求してみる。初めてやってみたが凄まじく恥ずかしい……。やるんじゃなかった!
「す、スノー……!! なな、なんて可愛いらしい仕草を……。ふふ、ふふふふ、本当に甘えん坊ですねスノーは。さ、休憩室でたっぷり甘えさせてあげますからね? あ、それとも今日はもう帰って一緒にお風呂に入りましょうか? ふふふ」
うわあ、大喜びされてしまった! くう、気恥ずかしい……!!!
レナ先生は満面の笑顔で私を抱き上げると頬擦りとキス攻撃の嵐を繰り出してきた。少し理性が飛びかけてしまっているようだが、唇にキスをしてこないところを見るとまだ余裕はありそうだ。
よ、よし、一応第一段階はクリア! その代わり大事な物を一つ失ってしまった気がするけれど……。しょ、職人さん方、足を止めないで通り過ぎてください! そんな微笑ましい光景を見るかのような目で見ないでくださーい!!
くそう! この怒りは気配の主にぶつけてやる! んー……、大体真後ろから見られている、ような気がするね。これも狙い通り。
「レナ先生、あのムズムズっとする気配の人が私の、ええと、距離は分かりませんけど多分真後ろにいると思うんです」
レナ先生の首に手を回し、ギュッと抱きつくと見せかけて耳元に小さく話しかける。これならば絶対に気付かれないだろう。
「え? あ、ああ……、私だからこそここまで甘えてくれているのだと思っていたんですけど……、そうですか、例の気配の……、っ!? 今いるんですね? まだ感じていますか?」
少しガッカリさせてしまったがすぐに気を取り直してくれたみたいだ、レナ先生は頬擦りをして可愛がるフリをしながら小声で返してくれた。フリではなく可愛がりながら、が正解か。
「は、はい。抱き上げられてからムズムズが強まった気がするんですけど……。誰かそれらしい人、見当たりますか?」
「それらしい人と言われてもさすがに私に向けた視線でなければ……、あ、いましたね」
「やっぱり難しいですかー。……う?」
え? いたの!? レナ先生の索敵能力はぱないわ。誰誰どこどこ……、ってちょっ、レナ先生!?
怪しい気配の主、犯人をあっさり見つけてしまったレナ先生は、その人のいるらしい方向へずんずんと歩き出してしまった。勿論私を抱き上げたままで。
ま、まさか、レナ先生の怒りが有頂天に達してしまったのか!? 犯人さんの人生はここでひっそりと幕を閉じる事になるだろう。
調合部屋のすぐ手前で足を止めたレナ先生、犯人の前まで来たんだろうか? 私の体の向きだと真後ろを見る事ができないので確認する事ができない。と言うかいい加減降ろしてもらえませんかねえ……。ギュッと抱きしめられて潰れるおっぱいの感触は素晴らしいものなんだけど。本音では一生このままでもいいくらいなんだけど!
「先程からじっとこの子を見詰めていたようですけど、何かご用ですか? シルバさん」
「やあ、レナ先生と、顔は見えないがスノーちゃん、だったね。やっと僕に紹介してくれる気になったのかな?」
な、なんですって? シルバさん、シルバ先生って、鍛冶部屋の先生でアデラさんの保護者の人じゃないか! まさかこの人がずっと私を見てたのかな。この人って言っても見えないんだけどさ……。
「あ、あの……、シむぐっ」
「まずは私の質問に答えてもらえませんか? この子も度々嫌な視線を感じると怖がっていたんです。納得のいく答えでなければ鍛冶部屋の閉鎖も考えなければいけないのですけど」
やはりレナ先生は怒っているみたいだ。語感がいつもよりもはるかに強い。
体を少し離して後ろを見ようと思ったのだが、さらに強く抱きしめられて身動きが取れなくなってしまった。どうせならおっぱいが顔に当たる体勢で抱きしめてほしかったものなのだが。
「怖がって? それは悪い事をしたね。僕にそんなつもりはなかったんだけどな……。少し前、先月くらいからかな? 休憩と気分転換がてら工房をうろついていたら何度かスノーちゃんを見かけるようになってね、それでその度に、仕草の一つ一つが可愛い子だな、ってついつい見入っちゃってね。でも正式に紹介されるまでは話しかけるのも憚れて距離を置いていた、というだけの事さ。炉の神に誓って他意は無いと言えるよ」
鍛冶部屋の閉鎖という言葉にも特に焦った風な口振りにならず、普通に日常会話程度の感覚で説明するシルバ先生。この感じからすると嘘をついているとはとても思えない。
先月くらいからと言うと、私が自動生産中に工房内をうろつき始めた頃と一致する。つまりはそういう事だったのか。
しかし、シルバ先生は長身のイケメンとのことだけど……、声がイメージに合わないね。男の人にしてはちょっと高めで、声だけ聞いてると女の人かと誤解してしまいそう。
「フォルナシス様に誓うとまで言われては、これ以上疑う意味はありませんし失礼というものですね。すみませんでしたシルバさん、この子が視線を感じて少し不安に思っていたので……」
おお、あっさり信じちゃったね。鍛冶部屋の先生が炉の神様に誓うとまで言うんだから、その言葉に嘘偽りは一欠けらもない筈。これで嘘だったら冗談抜きで天罰が下るだけだからね。
「いや、謝らなくてもいいよ、気配察知持ちだと知って見ていたのは確かだからさ。こちらに気付いて話し掛けてこないかな、なんて風にも思ってたもんさ。まあ、結局見つけてはもらえなかったけどね」
なるほどなるほどそれは申し訳無い事を……。気配察知はまだレベル1だし、大体の方向しか分からなくてどうしようもなかったんだよね。
次々と明かされる真実! でも普通に話し掛けてくれればよかったのにとも思っちゃうね。まあ、私を過保護なまでに保護する先生ズ三人が怖かったからだと思うけど……。
よし、そうと分かればきちんと挨拶と自己紹介をしなければいけないね。男の人には全く興味ないけれど、アデラさんの保護者の人というのなら話は別だ。会う度におっぱいを揉ませてもらえているのもこの人のおかげとも言えるからね!
「レナ先生、降ろしてくださーい。ちゃんと挨拶したいです」
「ああ、目の前で見るとますます可愛いなあ。この子凄く甘えん坊なんだって? おっぱいに吸い付いていないと眠れないとかなんとか」
「ええ、もう本当に可愛くて可愛くて仕方がないんですよ? ……はい」
最後に頬を一擦りした後優しく床に降ろされた。そのまま両肩に手を置かれ、シルバ先生と向かい合わせの形に向けられる。
これでようやくシルバ先生とご対面だ。……しかし、おっぱいに吸い付いてないと眠れないとかどこからの情報なんですかねえ! 私はただおっぱいを吸いながら寝てるだけです! レナ先生もそこはちゃんと否定してください!! まったくもう……。
「はじめましてシルバ先生、スノーホワイトです」
ぺこりとお辞儀をした後に顔を上げ、丁度いいのでここでシルバ先生の観察も試みてみる。
「こちらこそはじめまして。小さいのに礼儀正しい子だね。僕の事は他の先生達から聞いてるかな? 鍛冶部屋の責任者のシルバだよ、よろしくスノーちゃん」
「はい! よろしくおねがいしま、す?」
あー、確かに散歩中に見た覚えがあるような、無いような? ……あれ?
にっこり笑顔のシルバ先生は噂通りの長身、170cmくらいあるんじゃないだろうか? でも……、イケメン? どういう事?
髪の毛は黒くボサボサで、手入れどころか洗ってすらいないんじゃないかと思えてしまう。伸び放題の前髪のせいで目は隠れ、後ろ髪は邪魔だとばかりに首の後ろ辺りで適当に縛られている。多分長さは背中くらいまでは優にあるだろう。
服装は全身ゆったり目のローブの様な服で、煤汚れなのか灰汚れなのか、濃い灰色っぽい色に変色してしまっていて元の色が分からないくらいだった。
いや、服装はまあ、いいんだけど……。どこからどう見てもイケメンではないよね? みんなどこに目を付けているんだ……。顔だよ。冷静にセルフツッコミを入れてしまった。
暫しシルバ先生と見詰め合う。まさか私がこんな事を考えているなんて夢にも思うまい。
「ふふ、可愛いね。スノーちゃんは女の子だから鍛冶には興味を持たないと思うけど、まあ、気が向いたらたまに部屋に遊びに来るといいよ」
「あ、はい。……はい? あれ?」
いやいや、シルバ先生は鍛冶部屋の先生で、結構なお年のドワーフで長身のイケメン、っていう話だったよね? 本当にどういう事なのー……?
「僕の顔に何か付いてるかい? ああ、煤汚れが気になるのかな」
「いえ、この子がそんな失礼な真似を、? どうしたんですか? ……スノー?」
目の前にレナ先生の手がヒラヒラと……? っと、ぼーっと見詰めて考え込んじゃってた。疑問はレナ先生と、本人? に直接聞けば済む事だったよ。
「あ、ごめんなさい。ええっと、シルバ先生、ですよね?」
とりあえず本人かどうかの再確認。我ながらおかしい行動だとは思うけど……、それ以上におかしい事実が目の前にあるのだからしょうがない。
「うん? どういう意味だい?」
ハテナ顔で逆に聞き返されてしまった。まあ、この聞き方ならその反応も当たり前か。
それじゃ一つ一つ確かめていこうじゃないか。この疑問は今解消しておかなければ、後でずっと気になってレナ先生のおっぱいを心から楽しめなくなるかもしれない。
「シルバ先生はドワーフなんですよね?」
「うん。だからと言って特別珍しい特徴を持っている訳じゃないんだけど……。まあ、ちょっと長生きする以外は人間と変わらないよ。君みたいなエルフやレナ先生の水霊からすると平々凡々な種族さ」
ふむふむ、ドワーフも何かしら特別スキル的な物を持っているとは思うけど、それは今は突っ込んで聞く事でもないか。とりあえずパッと見で、ドワーフだ! とは分からないんだね。
「鍛冶部屋の先生でアデラさんのこの町での保護者の人、で合ってますか?」
「それはさっきも言った通りだね。そうそう、アデラ君とはかなり仲良くしてくれていると聞いてるよ。元々口数の少ない子なんだけど、最近君についてよく話すようになったのが少し驚きかな。僕とは鍛冶スキルくらいしか共通の話題がないからさ、これからもどんどん話しかけてあげてくれると嬉しいね」
おお、アデラさんから私のことを色々と聞いてそうだね……。どういう風に、あ、さっきのおっぱいに吸い付いてないと眠れないとかそういう話か! アデラさんめー!!
「は、はい、それは勿論です。アデラさんとはもうお友達ですから! ……あとはえーと……」
「スノーが男性にここまで興味を持つなんて……、一体どうしてしまったんでしょうか?」
「ふふ、僕に興味津々かい? まだ時間に余裕はあるし、答えられる範囲でなら何でも答えてあげるよ」
それは大変ありがたい申し出なのだが……、今のところ他に聞く事は無い。……いや、聞く事ができないと言った方が正しいか。全ては最終確認の後だ。
「えっとですね、他の職人さん達の噂だと、シルバ先生って背が高くてカッコいい男の人だって事になってたんです。でもどう見ても違いますよね?」
「ええ!? これは手厳しいなあ……。こう面と向かってはっきり言われるとショックを通り越して感心してしまうよ。度胸があると言うか怖いもの知らずと言うか……。まあ、子供だからかな」
「す、スノー? さすがに今のは失礼すぎますよ? シルバさんは身なりにあまり気を使わない方なだけで本当はとても綺麗な顔立ちをしているんですから。はい、きちんと謝りましょうね?」
「え? レナ先生までどうしたんですか? だって噂と全然違って」
「な……、スノー! 本当にどうしてしまったんですか! ああ……、まさかもう反抗期に!? でも母親としてここはしっかりと叱らないといけませんね。こんな可愛い子を叱り付けなければいけないなんて、母親は辛いです……」
「反抗期!? な、え? 反抗? 何を?」
「いやいや、はは、叱る必要はないよ。多分今の僕の姿を見て疑問に思って、ただ素直な感想を口に出しただけなんじゃないかな。だからいきなり叱るよりも、どうしてそう素直に言ってはいけなかったのかを教えてあげるといいと思うよ。僕自身皆が言うほど自分がいい男だとは思えないけど、次に会う時にはちゃんと身奇麗にしておこうかな? ははは」
今の姿? 素直な感想? 身奇麗に?
あ、ああ! レナ先生が怒ったのは、全然カッコよくないじゃないかって否定したと思われちゃったからか。髪ボサで目が隠れちゃってても、シルバ先生がカッコいい人だっていうのは私にだって何となく分かるよ。私が疑問に思ったのはその事ではなくてですね……。
「だってシルバ先生女の人じゃないですか。先生たちも職人さん達もみんな男の人だって言ってましたから、あれ? おかしいな? って思ってたんです。女の人ですけどシルバ先生で間違いないんですよね?」
「……は? スノー? 一体何を言って……。シルバさん?」
「い、いやいやいやいや、ホントにこの子は何を言って、あ、僕はシルバで間違いないけど、お、女の人じゃあないよ? どこからどう見たってそうは見えないだろう? スノーちゃんの勘違いだよ勘違い。さて、僕はそろそろ鍛冶部屋に戻るとするかな、二人ともまた今度ね」
お、おお? なんという早口。もしかして女の人だって隠してましたか!? でもどこからどう見ても本当に女の人にしか見えないんだけどなー。
「嘘……。し、シルバさん? ちょっと待ってもらってもいいですか? お時間は取らせませんから! スノー? シルバさんが女性だって、どうしてそう思ったんですか?」
「れ、レナ先生? 勘違いは誰にでもある事じゃないかな? そこまで気にする必要はないんじゃないかと僕は思うんだけど……」
逃げる様に立ち去ろうとしたシルバ先生だったが、レナ先生にしっかりと腕を掴まれて捕まってしまった。振り解かないところを見ると力関係はレナ先生の方が上なのかもしれない。
ご、ごめんなさいシルバ先生、そこまで焦って逃げようとするともう誤魔化しようがありません! 正直に答えちゃいますから観念して認めてくださいねー。
「思ったとかじゃなくて見たままです。ゆったりとした服で分かりにくいかもしれませんけど、シルバ先生おっぱいがあるじゃないですか」
「なあ!? そ、そんな事で!? みみ、見間違いだよスノーちゃん、これは服のたるみで」
「な、なるほど……、スノーがそう言うのなら間違いはありませんね。シルバさん、今から緊急の責任者集会を開きますので、そこで詳しくお話を聞かせてもらいますからね。スノーはごめんなさい、私も甘えさせてあげたかったんですけどね……」
「あ……、はーい。ライカさんとアデラさんのおっぱいに甘えて待ってますね。シルバ先生のおっぱいも今度揉ませてくださいね!」
「いやっ、ちょっ……、あ、ど、どうしてこんな事に……。僕が一体何をしたっていうんだ……」
シルバ先生は緊急集会でも勘違いだと言い張っていたらしいが、少し遅れてやって来たクリス先生の、なんだバレたのか、の一言で観念したみたいだった。
どうやらクリス先生とアデラさんだけは前々から知らされていたらしく、さすがにこれ以上言い逃れはできないと諦めたんだろう。
鍛冶部屋の他の職人の人たちは怪しんだりしていなかったんだろうか? 私なんて一目で女の人だって確信が持てたのにね。不思議な事もあるもんだよ。
ちなみにシルバ先生は愛称で、本名はシルヴィアさんというとても女性らしい名前だった。
そして女性である事を隠していた理由は……、ドワーフの中では鍛冶仕事は男性の仕事だから、なんだとか。でも特に決まり事になっている訳ではないらしいので安心だ。因習というものなんだろう。
そうと分かれば……、一緒に暮らしているアデラさんごと私のおっぱいハーレム、じゃないや、先生たちの家に住んでもらう事も可能なのではないだろうか!? ゆ、夢が広がるわ……。
これで今回のお話も一応終わりです。
もう一話おまけ的な物を書きたかったのですが、また『転生』の方へ集中したいと思います。
と言う訳で次回はまた未定です。
おっぱいその8 シルヴィア
容姿は本文に書いてしまいましたね。
身なりを整えたらどうなるのか、それは今後のお楽しみという事で。
ちなみにおっぱいは結構大きいんじゃないかとスノーは見ているようです。
外見年齢は二十歳程度。
鍛冶スキルの先生。




