その18
巨大な門をくぐって一番に目に飛び込んできた景色は、見渡す限りの大草原だった。
なにこれ緑すぎる。
ぽつぽつと大きめの木が生えている以外は本当に緑一色の大平原。そこを石畳の太い道が真っ直ぐ地平線の先まで続いている。
人々の行き交う道から視線を巡らせれば、遠方に巨大な山や森の様に纏まった木々も確認できた。
予想は出来ていた事だが、とりあえずはここから見える範囲に大型のモンスターがいない事に安心してしまった。
しかし何と言うか、不自然なまでに草原が広がっているね……。こんな何も無い平坦な土地ならもっと町を広げたりとか農地にしたりとか考えるのが当然だと思うのに……。
ふむ、まあ、それは私みたいな子供が考える事ではないか。何かしらの事情が隠されていたりするんだろうね。
「さってと、端の方でも道に突っ立ってたら邪魔になっちゃうし移動しよっか。んふふ、スーちゃんスーちゃん、キョロキョロしてないで行くよー?」
「は、はーい!」
そういえばここは道路だったね。反省反省。
「背の低い植物ばかりに見えますけど足元に気を付けてくださいね。隠れた石などに足を取られないようにするんですよ? さ、手を繋いで……、やっぱり心配ですね、抱き上げて行きましょうか」
「だ、大丈夫です! 自分で歩けますから!」
また私を抱き上げようとするレナ先生のおっぱいを両手で押さえて止め、一人で道の外に出る。が、道行く人々からの微笑ましい光景を見るような視線が止む事はなかった。
レナ先生は少し寂しそうな表情を見せながら私の後ろをトボトボとついて来る。なんという罪悪感だ。ごめんなさい。
「あはは。それじゃ一旦あの木の辺りまで行こうか。あそこね」
「はい! えーっと?」
少し先を歩くカリンさんの指差す先には、確かにぽつんと木が一本生えているように見える。ここから距離がどれくらいあるのか分からないが、豆粒ほどにしか見えないので相当な距離だという事だけは分かる。
うーん? 見た感じ1kmや2kmどころじゃない事は確かだね。防壁のすぐ近くって言うくらいだから本当に数十メートル離れた所で採取するんだとばかり思っちゃってたわ。
私が思ってたすぐ近くと、レナ先生とカリンさんの言うすぐ近くにはこんなに大きな差があったとは……。考えを改めないといけないね。
そしてさらに、この距離を私を抱き上げて歩こうとしていたレナ先生の腕力と体力についても認識を改めなければいけないようだ……。
冗談半分にそんな事を考えながら歩いていたのがいけなかった。まさに油断大敵。
「わ、っと、たっ、あうっ!」
レナ先生を寂しがらせてしまった罰が当たったのか、まさにさっき注意されたとおりに石に躓いて転んでしまった。
両手両膝を地面に擦り、驚きと気恥ずかしさでそのままぺたんと座り込んでしまう。
「スノー!?」「スーちゃん!?」
驚いた二人が心配そうに駆け寄り、さらに後方の道の方からもざわめきが聞こえてくる。
「ごめんなさい! ごめんなさいスノー! ああ、私がちゃんと手を繋いでいればこんな事には……。あ! け、怪我は無いですか!? どこか痛い所は!?」
レナ先生は座り込む私の横に何故か謝りながらしゃがみ込み、擦ってしまった両手の草と土の汚れを洗浄のスキルで綺麗にしてくれた。
ふむふむ? 結構派手に転んだけど怪我は擦り傷一つないね。
驚いただけで痛くはなかったし、これもソラ先生の作ってくれた服とミスリルケープの特殊効果のおかげだね、帰ったらお礼を言わないと。転んじゃいましたって報告するのはちょっと恥ずかしい気もするけどね。
「あ、はい、怪我は無いみたいです、ありがとうございますレナ先生。それと、一人で勝手に行っちゃってごめんなさい。レナ先生は何も悪くないんですから謝らなくてもいいですよー」
「違うんです! 私が母親としてもっとしっかりとして隣を歩いていればこんな事にはならなかったんですから……。本当にごめんなさい、スノー」
瞳に涙を溜め、少し強めに私を抱きしめてくれるレナ先生。
どうやら目を離した、手を放してしまった責任を感じているようだ。私はレナ先生のその考えに戸惑ってしまっておっぱいに手を伸ばす事ができなかった。
「レナ先生は大袈裟だねえ。んふふ。はいはい、立って立って! みんな心配そうにこっち見てて道路が渋滞しちゃってるからさ」
「は、はい。レナ先生?」
レナ先生に抱きしめられているので立ち上がることができない。名前を呼んでみる。
「はい。あ、膝も綺麗にしましょうね。……本当に痛い所はありませんか?」
「大丈夫です! なんともないですよー」
――おーい! 大丈夫かー!? スノーちゃんに怪我はー!?
「無いよー!! ちょっと大袈裟に転んだだけだから大丈夫ー!! ありがとー!!」
ひい! ついに声を掛けられてしまった!! 恥ずかしくて道路の方に振り向けない!
――カリーン!! アンタがちゃんと見ててあげなきゃ駄目でしょー!! お姉ちゃんなんだからー!!
「うっひ、それは確かに。えーっと……、子供は転んで起き上がって強くなっていくんだよー!! んふふ」
いい事言った!
――いい事言ったつもりで誤魔化すんじゃねよ!
「バレてた! ごっめーん!! 次からはちゃんと見とくから!」
誤魔化しだった!
「あー、レナさんがいりゃ大丈夫だと思うけど、カリンがいると逆に心配だな」
「なにそれひっど!」
「アンタは胸にいろいろ取られすぎてんのよ。私たちも一緒に行こっか?」
あれ!? 声が近いんですけどー? しかしこの男の人の声、どこかで聞いた覚えがあるような……。
「いやいいって、デートの邪魔しちゃ悪いし? んふふ」
「ちちちちげえし! ででっデートじゃねえし!!」
「そそそっそうよ! こんな奴と私がなんで、でで、デートなんか!! 私は友達のいないコイツを哀れんで一緒に行動してやってるだけなんだから! 勘違いしないでよねっ!!」
なにそのツンデレの見本のような台詞!?
レナ先生と左手を、カリンさんとは右手を繋いで三人仲良く並んで歩く私たち。これで転ぶ心配はもうないだろう。
道からもかなり離れたので、注視しなければこちらが何をしているのかすら分からない筈。そのおかげで盛大な子供扱いもそこまで恥ずかしくはない。
挨拶だけで別れたカリンさんのお友達らしき冒険者の男女二人組はどちらも人間種族で、童貞臭い男の人がルロイさん、ツンデレな女の人がハミュンさんというらしい。
ハミュンさんはつばの広い三角帽子に木製の杖という組み合わせの、これぞ魔法使いという見本のような人だった。ツンデレ魔法使いさんだね、覚えた。ローブを羽織っていたので胸のサイズは多分普通くらいだろうとしか分からなかったが、次に会った時に実際に触って確認してみようと思う。
ルロイさんは多分剣で戦う人だったと思う。前にも一度買い物途中に会って話をした事もあるらしいが記憶に残っていない。多分明日になればまた忘れているだろうから気にしないでおこう。
こうやって三人で歩いて、足元を見て歩く余裕が出てきたから気付いたのだが、辺りの雑草の中に混じって結構な数のリフリ草を見かける。多分私が転んだ辺りにも普通に生えていただろうと思う。どうやら星ゼロのリフリ草なら門を出てすぐの所でも採取できるようだ。
まあ、防壁の辺りまで戻らないとどれくらい生えているかとかは全く分からない。採取しているような人を一人も見かけなかったところから、恐らく大した量は採れないんだろう。
本当にゆったりと、お喋りをしながら一時間以上掛けて目的地の木の前まで到着した。
高さは10mはあるだろうか? 近くで見ると随分と立派な木だという事が分かる。ぽつんと不自然に一本だけ生えている木なので枝も横に伸び放題、丁度いい木陰が出来ている。
しかし、長時間歩いた事での足の痛みや体の疲れが全く見られないのが気になる。このペースでならまだまだいくらでも歩き続ける事ができそうだ。
本当に随分と身体能力が強化されているみたいだね、ありがたい。まだ全力で走ったりした事はないから、これはその内に色々と試してみたほうがよさそうかな。ちょっと楽しみだ。
ここまで来るとリフリ草も大量に生えているし、モンスターどころか小動物一匹すら見かけないね。しかも町から目視できる範囲ときてる。これは一人でもお散歩気分で採取しに来れるんじゃないだろうか!?
よし! この辺りのリフリ草を採り尽くしてやるぞー! と意気込んだその時、レナ先生が木陰に入りインベントリから……、テーブルと椅子のセットを取り出した。
テーブルのサイズは四人掛け、でも椅子の数は二つだ。カリンさんも自分のインベントリから料理の盛られたお皿を次々と取り出してその上に並べていく。
なにそれこわい。お散歩気分どころかピクニック気分、いや、ええと、これは何気分って言えばいいんだ……。
「さて、少し早いですけどお昼にしましょうか。スノーも疲れましたよね? こんなに遠くまで弱音一つ吐く事無く歩き続けられるなんて……、カリンさん! この転んでも泣かない強い子は私の」
「だから知ってるってば! ま、レナ先生の気持ちも分かるけどね。スーちゃん偉いよ! んふふ、いい子いい子。でも疲れた時とか、歩きすぎて足が痛くなったりした時はちゃんと言わないと駄目だよ? 大丈夫? 着いてからずっと黙ってるでしょ」
「あ、え? はい。疲れてるとかはー、無いです」
呆気に取られすぎて極普通に返事を返してしまった。
そのまま、こんな時どういう顔をすればいいか分からないの、と呆けていたら、レナ先生に抱き上げられて一緒に椅子に座らさせられた。もう好きにしてください。
目の前には大量の料理、後ろにはレナ先生のおっぱいの感触、正面の席にはカリンさんがにこにことしながら座っている。
「ふふふ。今日のお昼はお母さんが全部食べさせてあげますからね? と、すみません、まずはいただきますをしてしまいましょうか。では、お弁当を作ってくれたクリスさんに感謝をして……、いただきます」
「いっただっきまーす!!」「い、いただきます!」
なにがなんだか分からないけど、確かにお腹は結構空いてるし、まずは腹ごしらえが先決か! 腹が減ってはおっぱいが揉めぬとも言うからね。言うよね?
「スノー? 何を食べたいですか? お母さんに何でも遠慮なく言ってくださいね? ふふふ」
レナ先生は私の体を右に向け、左手で背中を支えながら顔を覗き込んでくる。
カリンさんがニヤニヤしててちょっと恥ずかしいけど、手掴みで食べる訳にもいかないので普通にお願いをしよう。
「は、はい。じゃあ、えーと、玉子焼きが食べたいです」
「はい! ……あーん」
「あ、あーん……、んっ。おいひいです」
「可愛い……。どうしましょうカリンさん、本当に可愛すぎて胸が一杯になってしまうんですけど」
「胸じゃなくてお腹を一杯にしようね……。なーんか、見てると羨ましくなってきちゃうなあ。レナ先生、私もスーちゃんにあーんしてあげてみたいなーなんて思ってみたり……」
おっと、胸と言えばおっぱいを……、既に揉んでいた。
さすが私、レナ先生の膝の上でご飯を食べさせてもらう場合は、両手が空いておっぱいが揉めるぞと体が理解していたらしい。
「はい、スノーの大好きな照り焼きチキンですよ。あーん」
カリンさんのお願いはスルーですかレナ先生……。今日は珍しく周りが見えてないっぽい?
「あーん、んっ! んふふー」
「はああ……。あ、ソラさんの話だと、エルフの母親は飲み物は口移しで飲ませてあげるのも普通なんですよね?」
そう言うとレナ先生はコップに口を付けて中身を一含みすると、顔をゆっくりと近づけてきた。
「んふ? んん!? ちょ、レナ先生! それはそういう事もあるんだって言うだけで……、あ、はむ、んんんっー!!!」
はっ!? 唇に力を入れるんだ! って舌が入って……、っきゃー!! 冷たい麦茶が美味しいー!!
「うわ。ほ、程ほどにねレナ先生。ひゃー、見てて恥ずかしいけどすっごく幸せそう……。んふふ」
あ、ホントだ、レナ先生凄く嬉しそうな目してる。むう、仕方が無い、大人しく受け入れよっと。
「んく、んく、んくん。んふー……、うん? んんー? ん?」
量は一口分だけだったのですぐに飲み終わったのだが、レナ先生は目を瞑り、私と舌を絡ませ合う事をやめようとしない。
あれ? もう全部飲んだと思うんだけど……、レナ先生ー?
「んんうんんー?」
「レナ先生? 可愛すぎるのは本当に分かるんだけど、キスならご飯の後で一杯してあげようよ。まずはご飯ご飯!」
「ぷぁっ。はふう」
「ふ、ん、ふう……。はい、そうですね、すみません。ふふ、今のキスでかなり心が落ち着きました。さ、ご飯の続きにしましょう、スノー?」
「はーい! 次はコーンピザが……、あ、エルフの親子でも租借した食べ物を口移しで与えるのは本当に小さな頃だけですからね!」
飲み物はそこまで気にならないけど、さすがに固形物は抵抗あるわー。ってレナ先生残念そうな表情しないでください! 覚悟だけはしておくべきなんだろうか……。ガクブル。
あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!
「レナ先生のおっぱいを揉もうと思っていたら、いつのまにか揉んでいた」
一応新キャラっぽいですが、紹介はもっと出番が多い回にしておきます。
次回はやっと採取開始、できるといいですね!(?)




