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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

昔ばなしパロディ

紅薔薇ちゃんと白薔薇くん

作者: 工藤るう子

ベッドの大きさは不問でよろしくお願いします。



 昔々のお話です。












 あるところに、紅薔薇ちゃんと白薔薇くんと呼ばれている、ふたりの兄弟が住んでおりました。


 お姉さんと弟の、双子です。


 お姉さんの紅薔薇ちゃんの本当の名前は別にありました。が、みごとな赤い髪と緑の瞳をしていたため、だれも本名では呼びません。


 弟の白薔薇くんもまた同様でした。彼は黒い髪と褐色の瞳の一般的な色彩の男の子でしたので、お姉さんと対の渾名で呼ばれるのを、嫌っておりました。しかし、彼は紅薔薇ちゃんと双子ということもあって、


『ほら、紅薔薇ちゃんの弟の……』


『ああ、白薔薇くんね』


と言った具合に、誰も彼の本名を呼ばないのでした。


 ある日、紅薔薇ちゃんと白薔薇くんは、お弁当を持って、ふたりで森に木の実を集めに出かけました。


 秋の陽射しは透明で、黄色や赤に色づいた木の葉の色に染まってふたりにふりそそぎます。


 手に持った篭に、ふたりは、落ち葉の下から顔を覗かせているキノコや落ちている木の実を集めながら、森の奥へと進んでゆきました。


 行きなれている広い池のほとりにつく頃には、お日様は真上に昇っていました。ふたりは岸の丸太にお弁当を広げました。


 小鳥やウサギやリスの親子、狐などが、顔を覗かせては、鼻をひくつかせます。


 ふたりは、「おいで」と、気前よくパンの欠片や果物を分けてあげました。


 楽しいお昼のひと時は、瞬く間に過ぎてゆきます。


 お腹がくちくなってうたた寝していたふたりは、大きな水音と叫び声に、目を覚ましました。


 ばちゃばちゃと池の水を跳ね上げて溺れているのは、白くて長い髭に革のとんがり帽子を被った小人です。小人は溺れながらも必死になって、頭の上に垂れている枝に手を伸ばしています。それもそのはず、小人が溺れている数メートル向こうに、悠々と近づいてこようとしている、大きなトラの姿があったからです。


「助けてあげないと」


 紅薔薇ちゃんが言うのに、白薔薇くんがうなづき立ち上がります。


 紅薔薇ちゃんが、小人の頭の上に垂れている枝に手を伸ばしたそのときです。


「このっ、人間風情がっ! 触るなっ! 来るんじゃないっ! 余計なことをするなっ!」


 なんということでしょう。溺れている小人が紅薔薇ちゃんを怒鳴りつけたのです。あまつさえ、びっくりして枝を掴んだままの紅薔薇ちゃんに向かって、


「魔王の嫁になるがいいわっ!」


と、大きな腕の一振りと共に、呪いのことばを吐きかけたのです。もっとも、それは、かなり一般的な罵りことばも同然でしたが。まぁ、あまり言われて楽しいものじゃないことなのは、確かです。


 反射的に避けた紅薔薇ちゃんの後ろには、白薔薇くんがぽかんと立っていました。


「え?」


 そう思ったときには遅く、小人の振りかざした腕から散った水滴が白薔薇くんの全身を濡らしてしまったのです。


「がみがみやの小人め」


 腹立ち紛れに、白薔薇くんが力任せに枝を撓めます。


 枝の先が、小人の白髭に、絡みました。


 一瞬、このまま手を離してやろうか―――と、白薔薇くんが考えたのは確かです。しかし、本当の年齢はともかく、見てくれは、年配の老人の姿をしています。


「ほら、髭が絡んだぞ」


と、忠告はしておく白薔薇くんなのでした。


 ぶつくさ言いながらも、小人は枝を捕まえて岸に這い上がりました。


 ふつうならお礼を言うべき場面なのですが、よほどひねくれた根性の小人なのでしょう。


「ワシ一人でも逃げられたわい」


と、それだけ叫んで、森の奥に姿を消してしまいました。


 お礼を言ってもらおうと思ってしたことでなくても、これはあんまりです。


 呆然と互いを見詰め合っていた紅薔薇ちゃんと白薔薇くんは、だから、残る一つの問題を思い出すのに時間がかかりました。


 後一つ。


 そう。トラの存在です。


 水からあがったトラが、岸辺で大きく胴震いをしています。


 水滴が、ふたりにかかり、気がついたときには、ほんの数歩先に、ぞろりと舌なめずりをしているトラがいるのでした。


 怖いです。


 黄色い瞳が、舐るようにふたりを凝視してきます。尻尾が、ゆったりと揺れています。


 動くと、襲われる。


 手を握り合って、ふたりは、ただ、トラと対峙していました。


 どれくらいそうやっていたでしょう。


 突然、トラが前傾姿勢になりました。


 身構えるふたりの目の前で、トラは大きなあくびをしたのです。


 トラはなおも固まるふたりのすぐ傍に近づき、しばし、ふたりを見上げました。


 細めた目の下、トラの大きな鼻がひくひくと動くのにつれて固そうで長い髭も震えます。


「ひっ」


 息を飲むふたりの前にトラが腰を下ろしたかと思うと、白薔薇くんの腰の辺りに頭をこすりつけました。


 涙目になりながら、白薔薇くんはトラを見下ろします。視線を外せば、なんだか襲われそうな恐怖があったのです。


 白薔薇くんも紅薔薇ちゃんも、動けません。


 途方に暮れている間にも時間は過ぎてゆきます。


 家に帰らないと、夜になります。


 夜になれば、森の中の夜行性の生き物たちが動き始めます。


「と……とらさん」


 白薔薇くんにまだ頭をこすりつけているトラに、紅薔薇ちゃんが声をかけました。


 意を決してのことだけに、声は強張りついています。


 グルゥと喉を鳴らせ白薔薇くんを大きく震わせた後、トラが紅薔薇ちゃんを見上げました。


「わたしたち、お家に帰りたいんだけど……」


 小首を傾げると、紅薔薇ちゃんのみごとな赤い髪がさらりと揺れます。


 トラとふたりの間で、しばらく時が止まったかのような錯覚がありました。


 トラは、一歩白薔薇くんから離れ、ぱたんと大きく尻尾を振りました。


「ありがと」


 ふたりはトラに背中を向けないように気をつけながら、トラから遠ざかってゆこうとしました。しかし、です。なにを思ったのかトラは、ゆっくりとふたりの後についてゆくのです。


 そうして、結局、トラはふたりの家までついてきてしまったのでした。


 トラは、ふたりの家にいついてしまいました。とはいえ、餌は自分で狩ってきますし、時にはふたりにおすそ分けがあることもありました。ですから、いつしか、ふたりは、トラのいる生活に慣れていったのでした。


 しかし………。


 白薔薇くんは、戸惑います。


 なんだって、このトラは、オレにこんなに懐いているんだろう。


 別に自分がトラに何かをしたというわけではありません。それなのにトラは白薔薇くんに、餌を狩りにゆく時以外は、一日中ひっつこうとしているのです。


 喉を大きく鳴らしながらトラは白薔薇くんの膝に頭を乗せて目を細めています。時々大きな舌で顔とか首とかを舐められると、まるでチーズ下ろしで下ろされてるみたいで痛くてたまりません。しつこく舐められると、赤く腫れたりします。それでも、白薔薇くんも謎は謎のままでしたが、トラに懐かれて悪い気はしないのでした。


 紅薔薇ちゃんは、羨ましく思います。


 おっきなペットに懐かれて、いいなぁ。


 ちょっと固いけれど、トラの毛皮はつるつるとなめらかで、手触りがいいのです。それに、白薔薇くんは文句を言いながらも、トラと一緒のベッドで眠るのです。寒い夜など、それはとても羨ましくてならなくて、紅薔薇ちゃんも白薔薇くんとトラのいるベッドにもぐりこみます。しかし、できれば紅薔薇ちゃんも自分に一等懐いてくれるペットが欲しくてならないのでした。




 少しずつ、秋が深まってゆきます。


 寒さが厳しくなり、息が白くなっていました。


 やがて初雪が降りはじめ、本格的な冬が訪れました。




 その夜もまた、深い雪に閉ざされてふたりと一頭は、暖炉に向かっていました。


 ホットココアをふたり分に、トラ用に温めたミルク。


 ほっこりとしたひと時を味わっていた彼らの耳に、ほとほとと、扉をノックする音が聞こえてきました。


「だれですか?」


 白薔薇くんが、扉を開けずに、尋ねます。


「道に迷ってしまいました。すみませんが、一晩泊めてください」


 穏やかそうな、男の人の声でした。


 外は、吹雪です。


 白薔薇くんと紅薔薇ちゃんが、視線で相談します。


 やがて、紅薔薇ちゃんが、うなづきました。


「どうぞ」


 そう言って白薔薇くんが扉を開けると、冷たく厳しい風と雪とが吹き込んできました。


 そうして、


「ありがとう」


と、入ってきたのは一頭の巨大なクマだったのです。




 ぱたん―――と、トラの尻尾が、床をたたきました。




 クマが息を呑む気配に、白薔薇くんも紅薔薇ちゃんも固唾を呑みます。


 できれば、流血の惨事はごめんこうむりたいものです。


 紅薔薇ちゃんは、雪まみれになっているクマに意を決して近づきました。


「クマさん、トラさんのことは、気にしないでね。彼は、弟となかよしさんだから。それより、雪を下ろしてもいい?」


 紅薔薇ちゃんの期待に満ちた緑の瞳が、クマのつぶらな目を覗き込みます。


 クマはうろたえたように、それでも大きく首を縦に振りました。


 紅薔薇ちゃんは、肩にかけていたショールでクマの雪を払い落とします。


 落ちた雪は、白薔薇くんが箒で外に掃き出しました。




 紅薔薇ちゃんと白薔薇くん、それにトラとクマとの生活がはじまりました。


 クマとトラとは特別仲がよいというわけではありませんでしたが、間に白薔薇くんと紅薔薇ちゃんを挟んで、なんとか穏やかに日々は過ぎてゆきました。




 そうして――――――


 雪がやみ根雪が溶け、水面の氷がなくなる春がやってきました。


 小鳥たちのさえずりも、春となれば軽やかに聞こえてきます。


 雪が消えた地面からは、たくさんの植物が目を覚ますことでしょう。


 紅薔薇ちゃんと白薔薇くんは、春の訪れを喜んでいました。


 しかし―――――――――


 春は、クマとの別れの季節でもあったのです。


 クマは紅薔薇ちゃんに別れを告げ、白薔薇くんとトラにも礼を言って、出て行ったのでした。




 クマが出て行ってからというもの切なげに溜め息をつく紅薔薇ちゃんに、白薔薇くんはどうしていいのかわかりません。


 トラを撫でては、溜め息をつきます。


 掃除のときも、料理の時も、食事の時も、色んな時に、溜め息をつくのです。


 それは、見ているしかできない白薔薇くんには、とっても辛いことでした。


 紅薔薇ちゃんは、大切な、双子のお姉さんです。


 冬の間に紅薔薇ちゃんがクマのことをとっても好きになっているらしいことは、白薔薇くんにだってわかっていました。


 だから、


「らしくない」


と、紅薔薇ちゃんに言ったのです。


 双子ですから、紅薔薇ちゃんには、それだけで白薔薇くんの言わんとすることがわかりました。


 黙って溜め息をつくだけの自分なんて、自分じゃありません。


「ありがとう」


 にっこりと笑った紅薔薇ちゃんの表情は、渾名になった花すら霞ませるだろう、それはそれはみごとなものでした。


 紅薔薇ちゃんは、家の扉を開け、外に飛び出してゆきました。


 大きく開け放たれた扉から、春の匂いと日差しとが差し込んできます。


 ぼーっと見惚れていた白薔薇くんは、トラがぱたんと床を尾で叩いた音に我に返りました。


 トラが、白薔薇くんを見上げています。


 その黄色い瞳はものいいたげです。そのあまりの迫力に、思わず身を退きかけた白薔薇くんでした。


「な、なんだよ」


 壁を背中に、トラを睨み下ろします。


 と、ぐんと後足で立ち上がったトラが、前脚を白薔薇くんの両肩に乗せたのです。


 あまりの重さに白薔薇くんがふらふらと後退し、壁に背中を打ち当てます。


 視界一杯が、トラの黄色い目玉で占められました。


 ぞろりと口から押し出された舌が、容赦なく白薔薇くんの顔を顎下から額にかけて舐め上げました。


「い、痛いって」


 押しやろうとしますが、トラに白薔薇くんが適うはずがありません。なによりも、体重ですでに負けています。


 白薔薇くんは、そのまま壁伝いに、床に腰を落としてしまったのでした。






「クマさーん」


 紅薔薇ちゃんが、森を彷徨います。


 目的は、大好きなクマの行方です。


 しかし、紅薔薇ちゃんが出会うのは、クマとは別の生きものばかりでした。


 日が傾きました。


「ま、一日やそこらで見つかるはずないよね」


 家に帰った紅薔薇ちゃんは、床に倒れている白薔薇くんに駆け寄り、助け起こしました。


 トラの姿はどこにもありません。


 なにがあったのかわかりませんでしたが、紅薔薇ちゃんは白薔薇くんをベッドに寝かしつけて、晩ご飯の準備に取り掛かったのでした。


 白薔薇くんは、一週間寝込みました。


 ようやく、ベッドから出られるようになったとき、白薔薇くんは、どこか、それまでの彼ではないような、そんな雰囲気を漂わせていたのでした。


 ふたりだけの毎日に戻っただけだというのに、二つの存在は、ふたりの中に、大きなものとなっていたようです。


 張り合いのない毎日に、今度は、白薔薇くんの溜め息が加わります。


 紅薔薇ちゃんは、クマを探したかったのですが、今はそれどころではありません。


 白薔薇くんは、以前ほど食べなくなりました。


 痩せてしまった白薔薇くんと、出て行ってしまったトラとの間になにがあったのか、紅薔薇ちゃんは気になって仕方ありませんでしたが、トラのことには触れてはいけないような気がして、話題にしなかったのです。そうして、腫れ物に触るように、白薔薇くんを心配していたのでした。


 その日も、白薔薇くんは朝ごはんの食卓で、パンを手にしただけでぼんやりとしていました。


 それで、紅薔薇ちゃんは、


「ね。いっしょにさんぽにでも行かない?」


と、提案してみたのでした。


 心ここにあらずといった風情で紅薔薇ちゃんを見ている白薔薇くんに、紅薔薇ちゃんは業を煮やしました。


 白薔薇くんから取り上げたパンをエプロンのポケットに突っ込むと、紅薔薇ちゃんは、バスケットに朝ごはんを詰めなおしました。そうして、白薔薇くんの手を引っ張って、家の外に連れ出したのでした。


 春の森は、あたたかな匂いに満ちていました。


 地面から立ちのぼる水蒸気の匂いや、目を覚ました若葉の匂いです。


 パートナーを求めてさえずる鳥たちの声や、番になって忙しく走り回っている小動物たち、こどもを連れて冬眠から目覚めた生きものたちの食事の風景などが、あちこちで、見られます。


 いつしか、池のほとりにふたりは出ていました。


 無意識に通いなれた道を歩いていたようです。


 いつもの切り株の上に、テーブルクロスを広げて、まだ口をつけてもいなかった朝ごはんを並べていると、ふらふらと、白薔薇くんが池のほとりに歩いてゆきます。


「どうかした?」


 白薔薇くんは、池をただ見ているようでした。


 けれど、本当に池を見ているわけではないだろうことが、紅薔薇ちゃんにはわかりました。


 トラのことを考えているのに違いないのです。


 仲のよかったトラと、本当になにがあったのか。


 自分のことのように、紅薔薇ちゃんは、白薔薇くんのことを心配していました。


 ふたりは、肩を並べて、池のほとりに立ち尽くします。


 さやさやと風が吹いて、池の水面が小波立ちます。


 小鳥の声。葉擦れの音。かすかな、下生えのたてる音。


 いつしか、ふたりは手を握りあっていました。


 目を閉じて、自分自分の心の底に入っていっているようです。


 静かな、穏やかなときが、流れます。


 それを破ったのは、


「うわ~」


という、甲高い叫び声でした。


 弾かれるように現実に立ち返ったふたりは、眩暈を覚えました。なぜなら、いつかの小人が、こんどは、木の切り株に髭をとられてもがいていたからです。


 ふたりは、顔を見合わせます。


 以前、手を出して酷い罵りを受けたことを、忘れてはいませんでした。


 どうしようか―――――――――


 けれど、困ってるひと―――小人ではありますが―――を、見捨てることはできません。


 切り株のテーブルに乗っているパンナイフを取り上げると、紅薔薇ちゃんは小人に何も言わせずにスパッとばかりに髭を切ったのでした。


 ステンッ。


 これには小人も驚いたようです。


 尻餅をついたまま、口をパクパクさせているではありませんか。


 お得意の罵りことばも口から飛び出しません。


 それでも、がみがみやの小人は、


「こむすめっ、よくもやってくれたな」


と、ようようのことで、声を絞り出し紅薔薇ちゃんに飛び掛ったのです。


 紅薔薇ちゃんが避ける間もありませんでした。


 白薔薇くんが駆けつける暇もありませんでした。


 紅薔薇ちゃんと白薔薇くんの悲鳴が、短く響きます。


 小人は、紅薔薇ちゃんの髪を引っつかみ引っ張ります。


 駆けつけた白薔薇くんが手を出すのに、噛み付きます。


 小人と侮ってはいけません。からだが小さい分動きがとても早くて、ふたりは振り払うこともできないのですから。


 それに、紅薔薇ちゃんの髪を引っ張る手の力はとても強く、白薔薇くんに噛み付く歯は鋭く尖っています。


 痛いと逃げ惑うふたりには、小人から逃れる術がないのです。


 それでも、ふたりは必死で小人を払おうとしていました。


 目の前が、真っ赤に染まります。


 この小人は、がみがみやどころか殺人鬼のようです。


「誰か」


「助けて」


 ふたりの叫びは、これまでと同じように徒労になるかと思われました。


 しかし。


「ぎゃあっ」


 一声大きな悲鳴が聞こえたと思えば、小人はふたりから引き離され、地面にたたきつけられていました。


 ふたりは抱き合ったまま、なにが起きたのか突然の展開を確認します。


 自分たちが解放されたのはわかります。しかし、これは、なんでしょう。


 小人をクマとトラとが、襲っているではありませんか。


 助けてあげて。


 も、


 やめろ。


 も、


 ふたりは口にすることはできませんでした。


 なぜなら、ふたりは、小人に本当に殺されると思ったからです。


 多分、クマとトラが来なければ、ふたりは確実に小人に殺されていたことでしょう。


 それくらい、小人の所業は残酷でした。


 紅薔薇ちゃんも白薔薇くんも今はまだ気付いていませんが、全身血まみれでぼろぼろのありさまなのです。




 やがて、トラが、小人を前肢で踏みつけました。


 情け容赦のないその行為に、小人が哀れげに訴えます。


 しかし、今更です。


 トラもクマも、小人に寛容にはなれないようです。


 この場に味方はいないと悟ったらしい小人は、


「ワシを殺したら、探し物は見つからんぞ」


と、今度は、脅しにかかりました。


 しかし、


「今更だ」


「そう」


 トラとクマが、互いに相槌を打ち合います。


 焦ったのは、小人です。


「元の姿に戻れんのじゃぞ」


「別に」


「不自由はないが」


 キャイキャイと喚く小人を尻目に、トラとクマはやけに息が合っています。


「それよりも」


「問題は」


「白薔薇だ」


「紅薔薇ちゃんです」


 突然自分たちに話題が変わったことに、ふたりが、疑問符を頭の中に浮かべていると、


「傷の手当てをしなければ」


「酷いありさまだ」


 どこから取り出したのか、黒い檻のようなものに小人を押し込めると、トラとクマとがふたりに近づきます。


 トラが白薔薇くんを、クマが紅薔薇ちゃんを、心配そうに見やりました。






 白薔薇くんも紅薔薇ちゃんも、目の前の出来事が信じられません。


 目の前には、トラもクマもいないのです。


 トラとクマとは、結局、小人が奪ったという彼らの持ち物を奪い返したのです。


 そうして、その力を使って、彼らが言うところの元の姿に戻ったのでした。


 トラは、壮年の、苦みばしった男に。


 クマは、二十代半ばほどの、様子のいい青年になりました。


 そうして、彼らは、まだ口を利く気力すら戻っていないふたりの傷の手当てをしたのでした。






 その後彼らがどうなったかというと、ですね。




 クマは、この国の王さまでした。


 なにがしかの魔法を使える王さまは、その魔法の源を小人に奪われクマの姿になっていたのでした。そうして、寒い冬に自分を助けてくれた女の子に恋をしてしまっていたクマは、元の姿に戻った途端、紅薔薇ちゃんにプロポーズをしたのです。


 もちろん、紅薔薇ちゃんは、プロポーズを受けました。




 トラは、魔王でした。


 魔王が魔王たる証のとあるものを小人に奪われ、あまつさえ呪いでトラの姿に変えられていたのです。その屈辱は、小人を捕らえ奪われたものを取り返すことで、どうにかおさまりがつきました。しかし、問題は、魔王の心を人間の少年風情が奪ったことでした。魔王は、白薔薇くんに、玉砕覚悟でプロポーズしました。もちろん、拒絶されたとしても、引き下がる気はありませんでしたが。なんたって、魔王ですからね。


 ところが、白薔薇くんは、しばしの沈黙の後に、魔王のプロポーズを受け入れたのでした。




 二組のカップルの上に、天から薔薇の花びらがふりそそぎます。


 幸せな、あたたかい陽射しが、森を、明るく照らします。


 白薔薇くんと紅薔薇ちゃんは、これからは、離れたところで暮らすことになりますが、互いに、魔法を使える旦那さまがいることですから、行き来に不自由はないでしょう。だから、少しも辛くはありません。




 小人は、黒い檻に閉じ込められたまま、池の底に沈められました。


 彼の封印が解けるのは、多分ずっと先のことになるでしょう。




 こうして、ただひとりの例外を除いて、みんな、幸せに暮らしたということです。





ええ〜約一名の例外はもちろん小人のことですが。

どうやら小人の呪いは、白薔薇くんにかかったままのようです。

少しでも楽しんで頂けますように。

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