『画面に残る過去』
彼の左手首で、スマートウォッチの画面が、ふと光る。
「ねえ、写真変えた?」
何気なく覗き込んだミユキは、その瞬間、言葉を失った。
画面いっぱいに映っていたのは、少し若い彼と、一人の女性。
肩を寄せ合い、幸せそうな笑顔の二人。
「……誰?」
知っていた。
聞くまでもなかった。
彼が少しだけ困ったように笑う。
「元嫁。」
胸の奥が、冷たく沈んだ。
「消してなかっただけ。」
彼は言った。
「アルバムからランダムに写真が出てくる。」
理由は理解できた。
でも、ミユキの心は納得していなかった。
スマートウォッチには、何百枚もの写真が入っているはずなのに。
彼自身の写真でもなく、
家族でもなく、
友人でもなく、
表示されたのは、元嫁と彼のツーショット。
「まだ大事?」
思わず口をついて出た。
彼はため息をつく。
「そんなことない。気にしすぎ。」
その一言が、ミユキには一番つらかった。
気にしすぎ。
その五文字で、自分の傷ついた気持ちまで片付けられてしまった。
そんな気がした。
帰宅してからも、彼からは何の連絡もなかった。
「ごめん」の一言も、
「設定変えるから」も。
ミユキは何度もスマホの画面を開いては消した。
そして気づいた。
悲しいのは、元嫁の写真を見たからじゃない。
私が傷ついていることを、彼がどうでもいいと思っていることだった。
……………
翌日、静かなカフェに彼を呼び出した。
「別れよう。」
彼は驚いた顔をした。
「そんなことで?」
ミユキは小さく笑った。
「そんなこと、じゃないよ。」
「元嫁とのツーショット写真がランダム表示されたことより、それを見た時の私の気持ちを、あなたが軽く扱ったことが、悲しかったからだよ。」
彼は黙った。
「私は、過去に勝ちたいわけじゃない。でも、今のあなたの恋人として、あなたに大切にされているって感じたかった。」
そう伝えて私がそっと席を立つと、彼は焦ったように言った。
「待って。残ってる写真は全部消すから。」
ミユキは首を横に振る。
「写真を消してほしいなんて思ってない。そんなこと、してほしいわけじゃない。」
「少し若いあなたが、別の女の人と親しげに写ってる写真が、突然自分の目の中に飛び込んできた、あの時の私の気持ちを、気にしすぎ、そんな一言で片付けないで、ちゃんと受け止めてほしかった。」
「私が自分の気持ちを整理して、あなたに伝え終る前に、たとえ、あなた自身はそう思ってなかったとしても、私の気持ちに配慮した言葉がほしかった。」
彼は納得出来ないという顔で何かをずっと考えていたが、その後、「ごめん」と一言だけ言った。
店を出ると、六月の風が頬を撫でた。
涙は出なかった。
きっと昨日、スマートウォッチの画面を見た瞬間、心はもう彼との別れを決めていたんだと思う。




