表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【毎日更新】没落姫と厄災の番犬―すべてを失った夜、檻の底で恐ろしい手をとった―  作者: kamoojun
第1章 すべてを失った夜と、檻の底の神狼

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第4話 小さな村と、初めての光

 手配書が回っているのなら、顔を晒したまま歩くのは危険だ。倒した野盗から剥ぎ取った(リルが容赦なく引っぺがした)マントを深く被り、私たちは街道沿いの小さな村にたどり着いた。


「……ひどい有様ね」


 村の入り口を見て、私は思わず息を呑んだ。柵はなぎ倒され、いくつかの家屋が半壊している。広場では、疲れ切った顔の村人たちが、ぬかるみにはまって動かなくなった重そうな荷車を、必死に引き上げようとしていた。


「王都の方から嫌な空気が流れてくるせいで、獣たちがパニックを起こしてやがる。それにやられたのかもな」


 リルの野性的な嗅覚が、村に残る微かな魔獣の匂いを嗅ぎ取って言った。魔導士の放った、あの禍々しい紫色の雷。あれが森の生態系にまで影響を与えているのだ。


「誰か、手の空いている若い衆はいないか! このままじゃ、冬を越すための麦が全部泥に沈んじまう!」


 村長の悲痛な声が響く。しかし、怪我人が多いのか、集まった数人のお年寄りや子供たちの力では、車輪はピクリとも動かない。私は気づけば、駆け出していた。


「おい、アニエス! 顔がバレたら——」


 リルの制止を振り切り、私はマントのフードを深く被り直して泥水の中に飛び込んだ。


「私も手伝います! せーのっ!」

「た、旅人さん!? いかん、そんな泥の中に入ったら服が……!」

「服なんて気にしないでください! ほら、皆さんも一緒に!」


 私はぬかるみに足を取られながらも、泥だらけになって荷車を押した。王宮のダンスのステップより、今の私にはこの泥の中の踏ん張りの方がずっと価値がある。しかし、びくともしない。悔しさに唇を噛んだその時、私の隣に、巨大な黒い影がヌッと並んだ。


「……ったく。俺のあるじは、なんでこう面倒見がいいんだか」


 ボロマントを被ったリルが、呆れたようにため息をつく。そして、彼が荷車の底に太い腕(元・前足)を差し込み、「ふんっ」と軽く持ち上げた瞬間——


「うおおおっ!?」

「あ、上がった! 車輪が泥から抜けたぞ!」


 十人がかりでも動かなかった荷車が、宙に浮くようにして見事ぬかるみから脱出したのだ。 ドサリと尻餅をついた私を見下ろし、リルは「泥だらけじゃねぇか。ほら、立て」と、不器用な手つきで私を引き上げてくれた。



「見ず知らずの旅人さんに、こんな泥まみれになってもらって……。本当にありがとうございました」


 村の長老であるお婆さんが、私たちを小さな家に招き入れてくれた。そして、泥だらけの私を見て、村の共同のお風呂——大きな木桶に沸かしたお湯——を貸してくれたのだ。


(温かい……生き返るわ……)


 王宮の薔薇を浮かべた大浴場とは比べ物にならない、少し煙の匂いがする素朴なお湯。でも、冷え切った体と、クーデターからの恐怖で張り詰めていた心を溶かすには、十分すぎるほど温かかった。


 泥と血の匂いを洗い流し、洗濯済みの服に袖を通す。

 村のおばさんが「私が若いころに着てた服で良ければ」と手渡してくれた、動きやすい綿のブラウスと、丈夫な革のブーツだ。


(……リルも、外の井戸でちゃんと洗えているかしら。犬の癖で水浴びの後にブルブル震えてなきゃいいけど)


 髪を拭きながら居間に戻ると、囲炉裏の火のそばで、リルがものすごい勢いで木の実と野菜のスープを平らげていた。


「おい姫、これ肉が入ってねぇけど、なんだか妙に美味ぇぞ!」

「もう、はしたないわよ。……いただきます」


 私も木のスプーンで、熱いスープを一口飲んだ。野菜の甘みが、じんわりと胃の腑に染み渡る。


「……美味しい」


 たったそれだけの言葉なのに、また少し視界が滲んだ。お婆さんが、シワだらけの温かい手で、私の両手をそっと包み込んでくれた。


「お嬢ちゃんたちの親御さんも、さぞ心配しているだろうね。……本当に、ありがとう。あんたたちのおかげで、村は助かったよ」


 その、心の底からの「ありがとう」という言葉を聞いた瞬間だった。

 チカッ……。


「え……?」


 私の右手の薬指。完全に力を失い、ただの黒い石ころになっていたはずの王家の指輪の奥底に、微かな、本当に微かな黄金の光が灯った——気がした。冷え切っていた胸の奥に、ぽっと小さな灯りがともったような、そんな感覚があった。


(指輪が、光った……?)


 私は目を丸くした。けれど、もう一度よく見ると、指輪はただの黒い石のままだ。


(見間違い……かな。お湯の煙のせいで、目がチカチカしただけかも……)


 指輪の力なんて、もうどうでもいい。 失ったものは大きすぎる。けれど、お兄様が命懸けで逃がしてくれたこの命を、村の人たちが心配してくれたこの命を、森の中で終わらせるわけにはいかない。

 私はもらった服の裾をギュッと握りしめ、改めて王宮の方角を見つめた。


(みんな、どうしてるだろう……お父様、お母様、お兄様、カイル……みんな……幽閉されてしまったんだろうか……それとも)


 最悪の想像が、頭をかすめ、強引に首を横に振る。


(……私、絶対に王宮に辿り着いてみせる)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ