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第5話・諜報部隊のアストとサヴェル


 自分の亡骸ばかりを見ていても情報収集は進まない。自室を抜け出した私は王宮内を探索することにした。


 魂だけの存在となってから半日弱。最初の頃は思うように動けなかったが、慣れてからは行きたいほうへ行けるようになっている。とりあえず人がいそうな場所を目指して飛んだ。


 王族の居住区を出て中庭を通り、行政区へと移動する。女神が言っていた『国家が衰退するほどの人口減少に繋がる原因』を見つけたいのなら国内の情報がより多く得られる行政区をおいて他にはないと考えたからだ。


 王宮の行政区は出仕中の貴族や官僚が行き交い、平時と変わりなく見える。私の死はまだ一般に公表されてはいないのだろう。


「くそっ、どうして!」

「落ち着けよ……」


 どこからか言い争う声が聞こえてきた。


 しかし、見える範囲に姿はない。諦めずに声の主を探すうちに、壁の向こうから聞こえているのだと気付いた。今の私は壁を擦り抜けられる。大体の見当をつけて壁の内部に侵入すると、そこは狭い隠し通路の中だった。王宮の中には隠し部屋や通路があると聞いてはいたが、実際に入ったことはない。先代国王を廃して即位したため、本来されるべきであった引き継ぎがされていないからだ。


『死んだ後にも新たな発見があるとはな』


 感慨深く呟きながら、初めての隠し通路を興味深く観察した。人ひとりがやっと通れるくらいの幅しかなく、天井には蜘蛛の巣が張っている。非常に興味深いが、私は王宮を探検しに来たわけではない。声の主を探しに来たのだ。見たところ隠し通路内に人の姿は見当たらない。ならば別の場所だろう、と移動した。


 隠し通路をしばらく進んだ先に小部屋があった。明かり取りの小窓があるだけの狭い室内で二人の青年が対峙している。先ほど聞こえた話し声は彼らで間違いなさそうだ。


「宰相の奴、絶対オレを疑ってやがる」

「もしそうならとっくに捕まってるよ」

「泳がせてるつもりなんだよ、あの腹黒宰相!」


 声の主は私のよく知る家臣だった。諜報部隊のアストとサヴェルは主に情報収集や索敵、果ては暗殺までこなすことから『暗部』と表す者もいる。


 なるほど、呼べばどこからともなく現れるから常々不思議に思っていたが、王宮内に縦横無尽に張り巡らされた隠し通路や隠し部屋を通ってきていたのだな。謎がひとつ解けた。


「今朝の食事、オレが確認した時には毒なんか入っていなかった。それなのに、いつどこで陛下の食事に毒が盛られたんだ!」

「知らないって。給仕係の仕業か、そもそも料理じゃなくて皿とかカップに付着してたかもしれないじゃん」

「食器は毎回全部拭いてるし!」


 黒髪褐色肌のアストは南方の出身で、あらゆる毒物に耐性がある。故に私が即位してからは毒味役を進んで引き受けていた。平和になったのだから必要ないと何度も断ったのだが、彼はずっと毒味役を続けてくれている。先代国王に良いように使われていた彼を救い出した私に恩義を感じているらしい。義理堅く優しい子だ。何故かローガンとは折り合いが悪く、顔を合わせるたびに喧嘩しているが。


「たまたまアストが見落としたんじゃね?」

「舐めんな! オレぁ半端な仕事はしねー!」

「だよね。それは僕もよぉく知ってるよ」


 荒ぶるアストをなだめているのは彼の相棒、サヴェル。目の高さで綺麗に切り揃えられた暗褐色の前髪から覗く鋭い三白眼は、アストではなく空をぼんやりと見つめていた。


「ま、疑われるなら僕も同じだな。宰相(アイツ)は僕らの存在が気に食わないみたいだし?」


 サヴェルは抜き身の短剣を延々と弄んでいる。普段とはまったく異なる剣呑な眼差しだ。彼もまた先代国王に利用されていたところを救い出した子である。隠密行動が得意で、主に情報収集や斥候として役に立ってくれている。


 ローガンが彼らを忌避する理由は先代国王の元部下だったからだろう。いつか裏切るのではないかと考えているようだ。私は彼らの忠誠を疑ったことは一度もない。ローガンは心配症だと思う。


「もしオマエが()るなら検出可能な毒なんていう間抜けな証拠は残さない。それより、僕らがすべきはコソコソ逃げ回ることじゃなく陛下を狙ったクソ野郎を見つけることだろ?」

「……ああ。ぜってぇ後悔させてやる!」


 サヴェルの言葉に、アストは力強く頷いた。


 王宮医師のセオルドも言っていたが、私の死因はやはり毒殺で間違いないようだ。今朝の食事もアストがしっかり毒味をしてくれたし、サヴェルも身を潜めて近くにいてくれた。故に、不審な動きをする第三者がいれば必ず気付く。彼らの忠義と能力を疑ったことなど一度もない。きっと犯人は相当な手練(てだれ)なのだ。


 もしかしたら毒は偶然私の前に並べられただけで、本来の狙いは身重のアリーラ又は世継ぎのディアトだったのかもしれない。再び犯人が凶行に及ぶ可能性に思い至り、私は身震いした。


『アスト、サヴェル!』


 懸念を伝えたくとも私の声は彼らに届かない。


「僕らだけで犯人を探そう。行くぞ」

「……わかった」


 アストとサヴェルは隠し部屋から出て行った。気配察知能力に()けた二人ならと期待したけれど、やはり気付いてもらえなかった。


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