第4話・王宮医師セオルドと宰相ローガン
女官長がアリーラとディアトを連れて退室した後、入れ替わるように一人の青年がやってきた。彼は大きな革張りの鞄を抱え、寝台のそばにある卓へと置き広げている。中身は全て医療器具だ。
灰緑色の髪、丸眼鏡の青年は王宮医師のセオルド・セラティアータ。代々王宮医師を務める家系の出で非常に優秀な医師である。年が近いため勝手に親近感を持ち、顔を合わせる度に話しかけていたが逃げられてばかりだった。他者との関わりを持ちたがらない性格なのだろう。いや、単に私が嫌われているだけかもしれないが。
「陛下、失礼いたします」
返事などないと分かっているくせに。律儀に挨拶をしたセオルドは私のタイをゆるめ、シャツの留め具を一つずつ外していった。そして胸元をはだけさせると、持参した鞄の中身を漁り始めた。まだ特定されていない私の死因を調べているのだろう。
しかし、セオルドが取り出した道具は小さなハサミだった。皮膚を切ったり血を採取するのなら専用の器具のほうが適していると思うのだが、何をする気だ?
寝台の上、自分の亡骸を見下ろすように浮きながら、セオルドの行動を見守る。
「こんな時でもなければ手に入れられませんからね」
丸眼鏡の奥の瞳を細めたセオルドが私の金色の髪をひと房切り落とし、あらかじめ広げておいた白い布の上に髪の束を置いた。
「ああ、なんて美しい髪だろう!」
うっとりとした表情で切り落とした髪束を眺めた後、白い布をたたんで鞄の中へとしまい込むセオルド。次に彼は私の胸元に手のひらを這わせ、執拗に撫で回し始めた。
えー……と、これも検死の一環なのだろうか。
医学の知識は持ち合わせていないので、彼の行動が正しいのか誤りなのかすら判別できない。ただ、セオルドが終始薄ら笑いを浮かべていることだけが不気味で何とも言えない気持ちにさせられた。
「陛下……ジークヴァルト陛下……」
ニヤニヤと笑いながら私の上半身を直に触りまくっていたセオルドが、不意に小さな声で名前を呼んだ。寝台の高さまで降りて覗き込んでみれば、セオルドの瞳からは大粒の涙がこぼれ、ぼたぼたと落ちている。口の端を歪めている様は泣き笑いしているように見えた。
『私の死を悲しんでくれているのか』
思えば、生前はまともに視線すら合わせてくれない男だった。話し掛けてもすぐに逃げられ、毎朝の定期診察時すら最低限の接触と会話だけで切り上げられていた。だからきっと嫌われていると思い込んでいたのだが、涙を流すセオルドを見れば違うと分かる。
「ジークヴァルト陛下……ッ」
ついにセオルドは私の上に覆い被さり、力いっぱい抱きしめてくる。普段は素っ気ない彼が感情を露わにする姿は初めてで、そうさせた原因が私の死なのだと思うと胸が締め付けられるようだった。
セオルドよ、生き返った暁には直接語り合おう。そのためにも、どうか私の死因を調べてくれ。
そう思っているうちに部屋の扉がノックされた。
「セオルド様、よろしいでしょうか」
扉越しに女官の声がする。セオルドは素早く私の衣服を整え、涙に濡れた顔を拭ってから「どうぞ」と入室を許可した。
「邪魔をしてすまない、セオルド先生」
「い、いえ。もう検死は済みましたので」
若い女官が開いた扉から中へと踏み込んできた青年は宰相のローガン・パスメナス。彼はセオルドを一瞥し、寝台のそばまでズカズカと歩み寄った。
踏ん反り返る姿勢と不機嫌そうな表情のせいで周囲からは恐れられているが、ローガンは非常に頼りになる男だ。即位以前から私を支え、今も政治の中枢を担っている。我が国に無くてはならない優秀な人材である。
「陛下の死因は?」
「当初の見立て通り毒によるものかと」
ローガンがわずかに目を見開き、続きを促す。セオルドはオドオドしながらも、身振り手振りを交えて説明を始めた。
「ええ~と、昨日の定期診察時には異常ありませんでした。王妃様や給仕係の話では、今朝の食事の最中に突然苦しみ始め、すぐに意識を失い倒れたとのこと。即効性のある毒物を経口摂取したと考えるのが妥当でしょう。現に、陛下の皿から毒物反応が検出されております」
おお、既に死因を特定していたのか。さすがはセオルド、王宮医師を務めるだけあって仕事が早い。……待てよ。では、先ほど髪を採取したり胸を撫で回していた行為はなんだったのだ。
「毒薬の特定は?」
「分析をしておりますが、もう少しかかるかと」
「では、分かり次第連絡を」
セオルドはそそくさと鞄を抱え、逃げるように部屋から出ていった。残されたローガンは扉が閉まったことを確認し、それから寝台に横たわる私の亡骸へと向き直る。
「ジーク」
人前では『陛下』だが、二人きりの時は愛称で呼ぶ。ローガンは幼い頃から仲が良かった。国の建て直しに尽力してくれた一番の功労者だ。ちなみに、我が妻アリーラの兄でもある。彼がいなければ革命は成し得なかったといっても過言ではない。
「まるで眠っているようだ」
寝台のそばに片膝をつき、横たわる私の亡骸を見つめるローガン。頬に触れた彼の手はすぐに引っ込められた。体温の無さに今さら驚いたようだった。
「……おまえがいない国など、つまらん」
ぽつりと呟く声に平時の平坦さは少しも感じられない。冷静沈着だが、情に厚い男だと知っている。
私も再びローガンの隣に立ちたい。
また語らいたいと心から願った。




