第28話・生命の尊さを識る
セオルドの見立て通り、生き返ってからも特に後遺症もなく普通に過ごせている。
我が国滅亡の原因は判明したが、今のところ回避方法を模索することしか出来ていない。他人の気持ちを無理やり歪めてまで子孫を残したとしても幸せになれる保証がないからだ。最悪国としての体裁が崩れたとしても、各々が悔いのないように生きられればそれで良いのかもしれない。……これはきっと諦めに似た気持ちなのだろう。
「ティルナはいるか?」
「あっ王様、いらっしゃいませー!」
二日に一度の礼拝のため神殿に訪れると、出入り口付近の掃き掃除をしていたティルナがほうきを放り出して駆け寄ってきた。初めて会った時とは見違えるほど顔色が良く、体調も良さそうだ。
「仕事中に済まん、今しか時間が取れなくてな。礼拝堂に入ってもいいか?」
「掃除してただけですし、大丈夫ですよ。中に大司教様がいますんで、入っちゃってください!」
あの日以降、ティルナはクレイの下で修行に励んでいる。とんだ変態だが聖職者としては非常に優秀なクレイが指導しているからか、彼女は雑多な霊からの干渉を跳ね除けられるくらいの強さを身に付けていた。遠くない未来、我が国初の女性司祭となるだろう。
重厚な木製の扉を押し開けると、礼拝堂の中に陽の光が射し込み、荘厳な雰囲気が漂っていた。
「おや、ジークヴァルト陛下。ご機嫌麗しゅう」
「邪魔するぞ、クレイ」
「ええ、どうぞこちらへ」
祭壇の前に立ち、視線を上に向けるが、女神アスティレイアの姿はない。私に霊感がないからだ。幽霊の時には見えていたし会話も出来たが、本来は特別な力を持つ者にしか感知出来ない存在なのである。だが、女神は変わらず其処にいる。
「そろそろアリーラの出産予定日でな。安産祈願をしに来た」
「そうでしたか。では、わたくしからも女神の加護がいただけるよう誠心誠意祈らせていただきますね」
「ああ、頼む」
クレイと並んで祭壇前に膝をつき、両の手のひらを胸の前で組む。目を閉じて聖句を唱えれば、瞼の裏に女神の美しい姿が映った気がした。その表情は明るい。きっと新たな生命の誕生を祝福してくれているのだと思うと気持ちが晴れやかになった。
「陛下ーッ!」
私を呼ぶ声が礼拝堂内に響き渡る。静かな祈りを妨害されたクレイが不機嫌そうに立ち上がり、ドタバタと駆け込んできた声の主を睨み付けた。
「騒々しいですよ警備隊長殿。ジークヴァルト陛下は今わたくしと二人で祈りを捧げている真っ最中なのですよ?」
「それどころではないんだ大司教殿。緊急事態だ!」
いつになく焦ったディーロの様子に、私も礼拝を中断して立ち上がる。
「王妃様が、もう産まれそうだと」
「なに、早くないか?」
「先ほど急に産気付かれまして」
「わ、分かった、すぐ行く」
王宮へと向かうと、廊下を慌ただしく行き交う女官たちの姿があった。予定より半月ほど早いため、心の準備が出来ていなかったようだ。女官長が指示を出し、必要なものを持って来させている。
「女官長、アリーラは?」
「いま産婆とセオルド先生が付いてらっしゃいます。第二子のため、お産の進行が早いようで」
「私は立ち会っても良いだろうか」
「着替えと手洗いと消毒をしてからどうぞ」
こんな時でも女官長は冷静だ。言われた通りに支度していると、廊下の隅で震えて立ち尽くしているディアトを見つけた。急な事態に誰もが動転して構っていられなかったのだろう。ディアト自身もどうしたら良いか分からず戸惑っているようだった。
「ディアト」
「お父さま」
声を掛けると、ディアトは私の胸に飛び込んできた。目は潤み、今にも泣きそうな顔をしている。
「お、お母さまが急に苦しみだして。あの時のお父さまみたいに死んじゃったらどうしようって、ぼく」
「……そうか。びっくりしたな」
半年前、ディアトは命に関わるいたずらをして私を死なせかけた。悪意はなく、私の愛情を独占したいがための行為だったが、結果的にみなを振り回す大事件となった。無事に生き返れたからこそ笑い話になっているが、あの件でディアトは命の大切さや儚さを学んだのだと思う。
「ねえ、お父さま。お母さまどうしちゃったの?」
「ディアトのお母様は今、新しい命を産み出すために頑張ってくれているのだよ」
「……お母さま、死なない?」
「それこそ命懸けの、大変なお仕事だ。絶対大丈夫とは言えないけれど、お医者様が付きっきりで見てくれているからね。私たちに出来ることは、そばで応援するくらいだ」
半泣きのディアトの手を引いてアリーラの部屋へと入ると、まるで戦時下のような張り詰めた緊張感が室内を支配していた。産婆が下腹部を確認し、セオルドはアリーラに楽な姿勢を取らせ、いきみを逃がす呼吸の仕方を付きっきりで教えていた。
綺麗な顔を苦痛に歪ませ、額に脂汗を浮かべて呻くアリーラは、正直言って見ていられない。
「うぅっ、ぐぅ……!」
ディアトが産まれる時も、私は部屋の隅で何も出来ずに立ち尽くしていた。今は違う。セオルドに目配せをしてから寝台の傍らに膝をつき、アリーラに声を掛ける。
「アリーラ、私だ。聞こえるか」
「あ、……あなた」
シーツを握りしめていた手が私のほうへと伸ばされたので、ディアトの小さな手と一緒に両手で握り込む。
「大丈夫だ。私がついている」
「ええ、ええ。ジークの子を産むのはわたくしにしか出来ない仕事ですもの。頑張るわ」
アリーラは私たちを安心させるように笑ってみせた。ここぞという時、女性のほうが強いのだと改めて思う。




