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第27話・真犯人の正体と殺害の動機


 全身が鉛のように重い。まるで胸の上に大きな重石を乗せられているかのような感覚に見舞われ、朦朧としていた意識がゆっくりと浮上していった。


 指先が微かに痺れ、握ろうとしてもうまく力が入らない。深く息を吸い込もうとすれば、口内と喉に違和感があった。丸一日以上何も飲んでいなかったはずなのに特に渇きを感じないのだ。不思議に思いつつ声を上げようとしたが、流石に出ない。自分の呼吸音が耳に届き、久方ぶりの肉体の感覚に思わず苦笑が漏れる。


 薄く目を開けると、眼前に何かがいた。


「……お父さま?」


 我が息子ディアトである。寝台に仰向けの体勢で寝かされた私の胸の上に乗っかっている。体が重く感じた理由はこのせいだったのか。返事をしたかったが、まだ声は出せない。はくはくと口を動かしてみせると、ディアトはぼろぼろと大粒の涙をこぼし、私の首筋に抱きついてきた。


「よかった、お父さまが目をさました!」


 泣いて喜ぶディアトの声に気付いた女官たちが扉の鍵を開け、室内へと入ってくる。そして、意識を取り戻した私を見て驚愕し、慌てて人を呼びに行った。


 どうやら無事に生き返れたようである。王宮は大騒ぎになり、すぐにセオルドが来て診察を始めた。応接の間にいた面々も集まってくるが、女官長が扉を塞ぎ、ローガンとセオルド以外の入室を禁じた。


 その間に、王妃アリーラが女官に連れられてやってくる。彼女は寝台のそばに駆け寄り、私の意識があることを確認して泣き笑いの表情になった。


「ジーク、ジーク。ああ、まるで奇跡だわ」

「心配をかけて済まなかった、アリーラ」

「いいえ。あなたのほうが大変でしたでしょう」

「そうだな、生き返るのに随分と手間取ってしまった」


 まあ、と微笑むアリーラの顔色はまだ悪い。私が死んでからろくに食事も睡眠もとれていなかったと聞いている。身重の彼女に精神的な負担を掛けてしまい、私は反省した。


「ええと……脈も呼吸も正常、意識もしっかりしております。しばらく安静にしていれば問題ないかと」


 セオルドによれば、仮死状態でも心臓は微かに動いているため短時間での蘇生であれば後遺症が残ることなく普通の生活に戻れるという。女神の加護や禁呪による縛りによって魂と肉体の繋がりが途切れずに済んだため、一日以上仮死状態が続いたにも関わらず後遺症がなかったのだろう。


「本当に良かったわ、ジーク」


 安心したアリーラは緊張の糸が切れたように倒れてしまったため、女官たちが部屋へと連れて行った。念のためセオルドにも確認したが、腹の子は大丈夫そうだという。気掛かりがなくなり、ホッと安堵の息をつく。


 背の下に枕を重ね、上半身を起こした状態にしてもらう。幽霊ではない、生きた私を見てローガンも嬉しそうに笑った。


「お父さま、ぼくずっと心配していたんですよ」

「そうか。済まなかったなディアト」

「でも、またお話できてうれしいです!」


 ローガンが促しても、ディアトは私から離れようとしない。流石に私の胸の上からは下ろされたが、寝台の傍らに居続けている。にこにこと嬉しそうに笑うディアトの姿はとても可愛らしい。こんなに可愛い我が子を置いて先立つなど出来ようか。


「昨日はびっくりしました。まさかほんとうにお父さまがしんでしまうなんて」


 しかし、この発言にほんわかとした空気が凍りつく。


「ディ、ディアト……?」


 私とローガンが戸惑いの表情を向けると、ディアトは笑顔で言葉を続けた。


「せんせいの部屋でみつけたお薬をお父さまのごはんにまぜただけなのに、まさかあんなことになるなんて。ぼくはただ、お父さまが動けなくなるだけでよかったのに」


 なんだか恐ろしいことを言われた気がして、私はローガンと顔を見合わせた。その場にいたセオルドも顔色を失っている。


「で、殿下。僕の部屋に入られたのですか。どうやって」


 王宮の中には医務室があり、戸棚には様々な薬品が保管されている。セオルドが不在の時は厳重に施錠され、誰も入れないようにしていた。


 いや、そう言えば、先ほどもディアトは私の私室に入り込んでいた。扉は施錠されていたはずなのに。


「これで開けたんだよ」


 ディアトがポケットから取り出したのは二つの歪な鍵だった。鍵職人が作ったものではない。恐らくは鍵の形状を見て覚え、針金で再現しただけの簡易的なもの。元の鍵は複雑な仕組みなのだが、ディアトは僅か六歳で作り上げてしまったようだ。


 昨夜私の執務室に篭っていたと女官長が言っていたから、その時に作っていたのかもしれない。私の遺体が安置されている寝室に侵入するために。


 ずっと謎だった私の死因。毒味役のアストが気付けなかった理由が判明した。共に食卓を囲んでいたディアトが食べる直前に毒を盛っていたのだ。避けようがないし、警戒しようもない。


「ディアト、なぜ私に毒を?」

「まさか、ジークのことが嫌いなのか」


 戸惑いながら尋ねる私とローガンに、ディアトが答える。


「お母さまのおなかに弟か妹がいるのでしょう。そしたら、もうぼくだけのお父さまじゃなくなっちゃう」


 アリーラの懐妊が分かり、ディアトに伝えたのは数日前。弟妹が出来るのだと喜んでいたが、それ以上に私の関心が他に移るのでは、と不安になったらしい。


「だったら、弟か妹が生まれるまえにお父さまの時間をとめちゃえば、ぼくだけのお父さまでいてくれるかなって思ったんだ」


 私が嫌いだからではない。ディアトは私を独り占めするために毒を盛ったのだ。


 幼い子どもらしい、罪のない独占欲によって。


「でも、いっしょにいられないってヴィリカに言われて。そんなのイヤだから『おまじない』をしたんだ。お母さまが読んでくれた絵本に書いてあったの。好きなひとに口付けすると目がさめるっていうおまじない」


 先ほどダビエドが言っていた、アステラ王国の昔話の一節、『真実の愛を以て接吻すると(よみがえ)る』という方法を実践したらしい。


 偶然とはいえ、ディアトが私に接吻した直後に生き返ったため、おまじないのおかげだと信じているようだ。


 ……待てよ。


 意識を取り戻した直後に感じた違和感。丸一日以上何も飲んでいなかったのに口内や喉が渇いていなかった理由は、深い口付けによる唾液供給のためだったのか。なんてことだ!


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