第23話・大貴族オラードとダビエド
夜明けと共に王宮内が騒がしくなった。複数の警備兵が何者かを必死に食い止めている声が聞こえる。行政区までならともかく、中庭の奥に位置する王族の居住区は易々と侵入して良い場所ではない。一体どこの誰が乗り込んできたのだろうか。
「なんか外が騒がしくないですか?」
『わからん。危ないから、おまえたちは仮眠室から出ないほうがいい』
眠たげな目をこすりながらボヤくティルナに部屋から出ないように指示してから、壁をすり抜けて隣の仮眠室に顔を出す。
『悪いがなんの騒ぎか確認して……おや、アストは?』
「とっくに様子を見に行きましたよぉ」
他者の気配に敏感な二人がこの騒ぎの中で寝ていられるはずがない。サヴェルも身支度を整えており、いつでも出られる準備を済ませている。
さほど時間が経たぬうちにアストが戻ってきた。
「騒いでたのは貴族だ。いま宰相が応対してる」
『貴族? こんな早朝に?』
昼夜逆転とまではいかないが、夜遅くまで夜会で飲み明かすこともあり、朝早くから活動する貴族など非常に珍しい。ローガンは何時でも関係なく姿を見掛ける気がするが、屋敷に帰らずに王宮に住みついているのかもしれない。
「誰だよ、朝っぱらから騒ぐ貴族サマってのは」
「さあ。見ない顔だった」
サヴェルに問われたアストは肩をすくめた。アストが顔を覚えていないということは、王宮に出仕している者や王都に住んでいる者、古くから王家に仕えている者は除外される。では一体どこの誰なのか。
首を傾げているうちに女官長がティルナたちのいる隣の仮眠室を訪ねてきたため、慌てて壁をすり抜けて戻る。
「陛下にお客様です。昨夜ローガン様が連絡を入れた御二方がいらしております」
『ああ、あの二人か』
いや、彼らの屋敷は王都にもあるが、普段暮らしている場所はかなり遠かったはず。まさか、知らせを受けてすぐ王都に向けて出立したのか?
「ティルナ、陛下を階下の応接の間へお連れして」
「え、応接の間ってどこですか」
女官長から指示されたティルナが戸惑っている。それもそのはず、彼女は昨日まで行政区の下働きをしており、王族の居住区には不慣れなのだ。だが、ティルナが禁呪の布を持ってくれなければ私の姿や声はみなには認識できない。
「……エルマ、ティルナに付き添って案内なさい。いつもの仕事は他の者に任せますから」
「わかりました、ヴィリカ様」
というわけで、案内役としてエルマも同行することになった。彼女たちの後をふよふよ浮きながら移動する最中、女官長に話し掛ける。
『女官長、アリーラの体調は?』
「まだ臥せっておられます」
『そうか。ディアトは?』
「昨夜は陛下の執務室にて夜を明かされたそうです。あまり眠れていないご様子で」
アリーラとディアトには私が幽霊として存在していることをまだ伝えていない。驚かせぬよう機を見ていたのだが、そうも言っていられないようだ。
『ふむ。では、オラードたちとの話が終わったら会いに行こう。それで少しは元気になってくれると良いが』
「かしこまりました」
そうと決まれば早く話を聞き出さねば。
「ジークヴァルト陛下!」
「我が王、これはどうしたことですか!」
応接の間に入った瞬間、二人の青年が飛び掛かってきた。女官長が素早く立ちふさがり、エルマとティルナを背にかばう。
「すまないジーク。何度説明しても全くおとなしくならなくてな。そろそろセオルド先生に鎮静剤でも盛ってもらおうかと考えていたところだ」
ローガンが開口一番謝罪してくる。その声すらかき消すほどの声量で、二人の青年は私に向かってひたすら話しかけてきた。
「崩御されたと聞いたが元気そうじゃないか。いや、ちょっと透けているな。どうなっているのだコレは。へえ、禁呪? それって誰でも再現できるやつ? 無理か、ざんねん」
禁呪の仕組みに興味津々な青髪吊り目の青年はオラード・ティルスタン。我が国屈指の大貴族で、我が国の国土の五分の一を所有している。ちなみに、領地が多い理由は先代国王派の貴族たちから彼が武力で奪い取ったからである。
「報せを受けた時に後を追おうとしましたが部下に止められまして、お恥ずかしながらまだ生き恥を晒しております。私もお供して構いませんか? 我が王の墳墓を建てるなら全て費用を負担いたしますので、ぜひ棺の傍らに侍り、殉死する赦しを賜りたく……」
やたら後追いをしたがっている赤髪タレ目の青年はダビエド・ガルデンディ。元はアステラ王国の貴族だったが、私が即位した際に領地ごとロトム王国へと移籍してきた。所有する複数の鉱山からの収益により我が国で一番裕福な貴族だと思われる。
「ティルスタン卿、ガルデンディ卿。いい加減落ち着け。なんのために他の貴族より先に連絡を入れたと思っている」
「分かっている」
「もちろんですとも」
心底疲れた顔を隠しもせず、ローガンが苦言を呈している。私の姿を確認できたからか、二人はようやくソファに腰を下ろした。
「まずは俺から報告しよう。ティルスタン伯爵領ならびに隣接する領地一帯に異常はない。山林や河川の整備も行き届いているし、万が一の災害や飢饉にも対応できるよう備蓄も用意している。それと、王都までの道中に他の領地の情報も集めてきたが、特に異変や異常はない」
広いぶん様々な地形が混在しているが、オラードは抜かりなく領地を治め管理している。独自の軍隊を持つ武闘派貴族だが、味方にいるぶんには頼もしい。
「では、私からも。金と銀の採掘量は今年も安定しております。国境近辺には魔獣や盗賊が出没しますが見つけ次第始末しております。平和そのものですよ」
資源に乏しい我が国が順調に戦後の復興ができた理由は、ひとえにダビエドが資金を提供してくれたからである。領地ごと我が国に移る際にはアステラ王国側と相当揉めたらしいが金で黙らせていた。やはり経済力はすべてを解決する。
『ふむ、参考になった。しかし……』
二人の話から我が国滅亡の原因を見つけることは出来なかった。いや、見つからないに越したことはないのだが。
女神は一体なにを危惧しているのだろう。




