第21話・深夜の仮眠室 1
禁呪に縛られている状態ではティルナから離れられない。幽霊に睡眠は必要ないので夜は特にやることはないのだが、かと言って自由に動き回れるわけでもない。
うら若き乙女たちの寝顔を眺め続けるのも悪い気がして、私は仮眠室の壁をすり抜けて廊下に出た。等間隔にランプが灯され、夜中でも暗くはない。たまに王宮警備隊の隊員が見回りに来るくらいで滅多に人は通らない。
しかし、一人の青年が仮眠室の前で待ち構えていた。
『アストじゃないか』
「陛下」
私が声を掛けると、壁に背を預けて立っていたアストがパッと顔を上げた。一体いつから廊下にいたのだろうか。
『どうした、急ぎの用か?』
「や、違うけど……」
夜の廊下は声が響く。アストはバツが悪そうな顔で呟いた。
『食事は済ませたか? 風呂は?』
「携帯食は食べた。いちおう軽く汗も流してきた」
『では休め。眠らなくては身が保たんぞ』
「オレ寝なくても平気だから」
全ての問いに律儀に答えてくれるアスト。彼はまだ二十代前半。多少の無茶を乗り越えられるだけの若さがある。
私は三十路手前辺りから徹夜が出来なくなった。最近は八時間寝ないと公務に支障が出る。効率よく働くためには眠る必要がない幽霊が一番良いのかもしれない。いや、幽霊はほとんどの者には姿が見えないし物にも触れないし、書類に署名すらできない。やはり早急に生き返らねばなるまい。
『横になるだけでも体が楽になる。寝てくるといい』
「でも」
アストはまだ 仮眠室前から立ち去る気はないようだ。朝まで暇を持て余している私からすると話し相手になってくれるのは嬉しいが、明日も色々やらねばならないことがある。アストが寝不足でいつものように動けないようでは困るのだ。
「じゃあ、添い寝してくれたら寝る」
『うん?』
アストはティルナたちが使っている部屋の隣の扉を指差した。隣も仮眠室だが誰も使っておらず、外側から施錠されている。
アストは後頭部で括られた自分の髪の束に手を突っ込み、細い金属棒を取り出した。手のひらに収まるくらいの、妙な形状をした針金のようなものだ。それを扉の鍵穴に差し込み、手早く動かすと、カチッと小さな音と共に鍵が開いた。
「ここ使わせてもらお」
金属棒を再び髪の中にしまい直してから、アストが扉を開けて中へと入っていく。仮眠室の造りはどれも同じで、家具の配置もほぼ変わらない。
「陛下が見張っててくれなきゃ寝ないから」
『……仕方のない奴だな』
隣の部屋側の寝台ならばギリギリ禁呪の効果範囲内となる。私が寝台の上に浮いていると、仰向けに寝転がったアストに手招きされた。
「陛下、もうちょい添い寝っぽくできない?」
『そうは言っても、枕や毛布をすり抜けてしまうからな』
「なんとか頑張ってよ」
見た目だけならそれっぽく出来ないこともないが、姿勢制御だけで私の精神が擦り切れてしまう。浮いているほうが気が楽なのだが、アストの残念そうな顔を見ると嫌とは言えない。眠るまでの間だけ、一緒に寝台に横たわる体勢を維持することにした。
「へへ、こうして陛下と寝るの久しぶりだ」
『そうだな。あの頃のアストはまだ子どもだった』
「嬉しい。もったいないから寝たくない」
『寝ないのなら私は隣の部屋に戻るぞ』
「あっあっ、ウソですごめんなさい!」
本当に嬉しそうな顔でアストは私に笑いかけた。成人の歳を迎えてもまだまだ幼い子どものようで微笑ましい。
アストとサヴェルは孤児だ。王都にはかつて貧民街があり、親のない子どもが徒党を組んで盗みを働いて暮らしていた。中でもアストは異国の血が混じっているからか身のこなしが軽く、孤児たちを取りまとめる立場にいた。
だが、先代国王が素質のある子だけを集め、使い捨ての駒として教育した。潜入調査や暗殺任務に十にも満たない子どもを使う非道な行いを知り、私は先代国王を廃すると決意した。
保護した直後のアストは普通の食事を受け付けなかった。毒の耐性を付けるため、毒入りの食材ばかりを食べさせられていたからだ。サヴェルは夜の闇の中でも動けるように一切光が入らない部屋に閉じ込められていたせいで昼間の陽光を酷く嫌った。どちらも暗殺任務に特化した道具を効率よく作り出すための教育だった。
今のような普通の暮らしができるようになるまで数年かかった。安心させるために同じものを食べ、同じ寝台で眠った。ローガンからは「甘やかし過ぎだ」と反対されたが、私はやめなかった。
アストが「オレたちを使ってください」と自ら申し出てくれたのはいつだったか。どこへでも自由に行けばよいと言っても聞かないので、仕方なく諜報部を新設した。先代国王によって無理やり習得させられたとはいえ身に付けた技能に罪はない。流石に暗殺は頼まないが、情報収集などで役に立ってくれている。
「……陛下、守れなくて、ごめん」
うとうとしながら、消え入りそうなほど小さな声でアストが呟く。食事に混入された毒に気付けなかった件をずっと悔やんでいるようだ。
撫でてやろうと手を伸ばすが、やはりすり抜けるだけだった。




