第20話・幼馴染の思い出
色々なことが次から次へと起きたおかげで日付が変わるくらいの深夜になってしまった。
私が毒殺されてからまだ一日も経っていない。今朝から調査のためにみな働き通しで疲れている。そろそろ休まねば体が保たない。
クレイとセオルドは保護観察期間中のため、監視付きで王宮内の客室に泊めることになっている。それぞれ部屋に案内されていった。
「では、エルマ、ティルナ。陛下をお願い致しますね」
「お任せくださいヴィリカ様!」
「は、はい、頑張ります」
女官長から改めて仮眠室の鍵を渡され、二人はそれぞれ頷いた。移動式禁呪を持つティルナからはあまり離れられない。私も仮眠室へと着いていく。
「ジーク、また明日」
『ああ。また明日』
いつものようにローガンと挨拶を交わし、別れる。
死んだ直後は誰にも認知してもらえずに悲しい気持ちになったが、禁呪のおかげでみなと話せるようになった。魂を独占しようとした件は褒められたものではないが、ガルティヤ王子を浄化したことといい、クレイには助けられた。ローガンやディーロたちにも支えられている。私は良い家臣に恵まれた。決してマティアスが嘆くようなことはない。
エルマたちが風呂や着替えをしている間、窓の外にぷかぷか浮きながら夜空を見上げる。漆黒の闇に煌めく無数の星を眺めるのはいつぶりだろうか。
『ああ、幼い頃にローガンと共に見たな』
決まりごとだらけの窮屈な暮らしに嫌気が差し、夜中に屋敷を抜け出したことがある。私の脱走はすぐに発覚し、大掛かりな捜索が始まった。予想以上に大ごとになってしまい、出て行くのも躊躇われ、屋敷のすぐ近くの森で身を潜めている時だった。
「ジーク」
「ローガン!」
近くに住んでいたローガンが私の前に現れたのである。彼は寝衣姿で息を切らせ、私が無傷であると確認してからほうと息をついた。
「どうして私の居場所がわかったの?」
「前に言ってただろ、ここなら大人に見つからないって」
それは随分と前に交わした何気ない会話のひとつだった。私の発言を覚えて探しに来てくれたのだ、と嬉しくなった。
「ごめん。もう帰るよ」
「いいのか? 次はないぞ」
「でも」
木々の向こうにある屋敷を見れば庭に篝火が焚かれ、何十人もの使用人があちこちを探し回っていた。こんな騒ぎを起こせば見張りが厳重になり、二度と家出など出来なくなるだろう。
迷う私の手を掴み、ローガンはニッと笑った。
「おれもいっしょに怒られてやる。だから、もうすこしだけ夜を楽しもう」
「……うんっ!」
今のローガンからは考えられないが、幼少期の彼はいたずら好きな面もあった。多少の規律違反くらいなんてことないと、むしろ私を外に引っ張り出すくらいの活発な少年だった。
月明かりを頼りに森の奥にある小高い丘へと登り、並んで草むらに寝転がり、夜空を見上げた。窓枠の形に切り取られたものではない、どこまでも広がる壮大な星空は私たちの心を弾ませた。
その後、お互いの両親とお目付け役からこっぴどく叱られたけれど、あんなに自由で美しい星空は大人になった今も見たことがない。
『ローガンはずっと一緒にいてくれた』
ふ、と笑いがもれた。
貴族学院に通うより前から現在に至るまで、ローガンは隣にいてくれた。どんな局面でも乗り越えてこられたのは彼が支えてくれたからだ。かけがえのない大事な幼馴染であり、親友であり、義理の兄でもある。ローガンは私にとってまさに唯一無二の存在なのだ。
「王様ーっ、もう部屋の中に入っていいですよ」
『そうか、分かった』
風呂上がりの濡れた髪のまま、ティルナが窓を開けて私を呼んだ。
二つの寝台の間に置かれた小さな机の上に禁呪の布が掛けられている。霊力を注ぐため、ティルナは布の端を掴んだまま眠るつもりらしい。世話を掛けて申し訳なく思うと同時に、彼女との出会いに感謝したい気持ちになった。
『今日は大変だっただろう。早く休むといい』
ティルナとエルマにそう声を掛けると、二人は笑顔で肩をすくめた。
「陛下ったら他人の心配ばっかり!」
「王様こそゆっくり休んでくださいよ」
逆に気遣われてしまい、面食らう。
この二人も私とローガンと同じ幼馴染だという。きっと今日の騒動も何十年後かに思い出すのだろう。笑い話として振り返られるようにしなくては、と改めて思う。
『おやすみ、二人とも』
「おやすみなさいませ」
「おやすみなさーい」
死後の孤独は心を蝕む。幸いにして、私は今のところ寂しい思いをせずに済んでいる。
これも女神の加護だと感謝しながら夜明けを待った。




