第19話・正反対の従兄弟
苦い別れを終えた直後、マティアスが目を覚ました。
先ほどまでは頭を強く打ったせいで意識を失い、体の主導権を奪われていた。ガルティヤ王子が天に召された途端、マティアスは細く長い息を吐き出しながらまぶたを開けた。
「……クソッ、酷い目に遭った」
目覚めの第一声からこの悪態である。
「大丈夫ですかマティアス様。痛むところはありますか」
ずっとそばに付いていたセオルドが体の調子を尋ねると、マティアスは口の端を歪めて鼻を鳴らした。
「ハッ! どこもかしこも痛むに決まってるだろうが。貴様の目は相変わらずの節穴だな。鉄クズでも詰めといたほうが幾らかマシなんじゃないか?」
「うぐっ……意識は問題なさそうですね」
すごい。息をするより容易く口から暴言が出てくる。セオルドのほうが地味に精神的打撃を喰らっている。アストやフレッドも言葉遣いが荒いが、マティアスに比べれば可愛らしいものだ。
セオルドの制止を振り払い、マティアスは立ち上がった。多少足元がフラついているが、地面に寝かされている状態に我慢ならなかったのだろう。服についた砂埃や抜け道を通った際に引っ掛かった蜘蛛の巣などを鬱陶しそうにハンカチで叩き落としている。
「マティアス殿、貴方はなぜ……」
「やかましい下級貴族。会話は全て聞こえていた。大体ガルティヤが言った通りだ」
改めてローガンが王宮に来た経緯を問うと、マティアスは悪態を交えつつ面倒くさそうに答えた。体が乗っ取られている最中も意識だけはあったらしい。
「俺様は王宮になんか来たくなかった。父上や俺様以外が支配している場所になど興味もない。さっさと屋敷に帰せ!」
怒り心頭といった様子で捲し立てるマティアス。ガルティヤ王子に取り憑かれ、幽閉先の屋敷から無理やり王宮まで引き摺り出されたのだ。彼の首や腕に残る痛々しい引っ掻き傷はガルティヤ王子からの支配に抗おうとした証だ。
幽閉されて七年経っているというのに変わらず尊大な態度を取るマティアスを、当時から王宮に務めていた女官長やセオルド、クレイが複雑な表情で見守っている。ティルナとエルマは私が即位してから王宮で働き始めたため、前王子の暴君っぷりを目の当たりにして恐れ慄いていた。
『マティアス』
私が声を掛けると、マティアスがビクッと体を硬直させた。背を向いたまま、こちらを見ようともしない。ガルティヤ王子に体を乗っ取られていた時から意識があったのだから、私が幽霊としてここにいることも当然知っているはずなのだが。
『おーい、聞こえているか? 私だ』
「聞こえとるわ! 無視してるんだ理解しろ!」
『なぜだ! 久々に会った従兄弟に対して冷た過ぎるではないか!』
わざと無視していたと知って抗議すると、マティアスは勢い良く振り向いて宙に浮く私を睨みつけてきた。
「貴様が俺様のいないところで勝手に死んだからだ!」
吊り上がったマティアスの目尻に涙が光った。ぼろぼろと止めどなくこぼれ落ちる涙を拭うこともせず、彼は更に怒鳴り続ける。
「大体、貴様らが付いていながらジークが殺されたとはどういうことだ! どいつもこいつも何をしていた? 頭数だけ揃えたところで無能は無能ということか? 恥を知れ!」
泣き喚きながらみなを責めるマティアス。先ほども同じことをガルティヤ王子に指摘されたからか、全員辛そうな顔で視線を下に落としている。
「貴様も、貴様もだ。役立たずの愚か者どもめ!」
一人一人を睨み、指をさして罵っていく。
マティアスによって厳しく躾けられた日々を思い出しているのか、アストとサヴェルは真っ青な顔で縮こまり、声を発することすら出来ない。
『マティアス、みなを責めるな』
「他に誰を責めろというんだ! 貴様がそんなザマだから寝首を掻かれたんだろうが!」
『確かに私はあまり威厳のない国王かもしれんが』
態度は悪いが、マティアスは私の死を悼んでくれている。事実を受け入れたくなくて、誰かに責任をかぶせて憂さ晴らしをしようとしている。
だが、大事な家臣を無闇に責められて黙っているわけにはいかない。
『私の死は私自身の油断が招いたこと。この場にいる誰の責任でもない。だから、もう泣かなくていい』
「……クソが」
最後に呻くように呟いて、マティアスは地面に崩れ落ちた。青白い顔は更に色を失い、額には脂汗が浮いている。
「ガルティヤ様に取り憑かれ、こんなところまで来たのです。かなり体力と精神力を消耗されているはずですよ」
クレイによれば、体の主導権を奪うほどの強い幽霊に取り憑かれると負担が大きいらしい。長時間に及べば命に関わるという。マティアスは七年に及ぶ幽閉生活で体力が衰えていた。だからこそ、強靭な意志を持っているにも関わらず取り憑かれたのかもしれないが。
『ローガン。マティアスを幽閉先の屋敷へ』
「は、直ちに」
私の指示を受け、ローガンがディーロに目配せをする。すぐに王宮警備隊から数名選出し、マティアスを連れていく手筈が整えられた。
「貴様がこんなに早く死ぬのなら、やはり王座を死守すべきだった」
連行されてゆく間際にマティアスがぽつりとこぼした。
先代国王と対峙した時、一時的に捕えられて人質扱いとなったことがある。反逆罪を問われ、見せしめとして処刑されかけた私を逃してくれたのはマティアスだった。口は悪いし態度も大きいし他人を見下す最悪な性格だが、従兄弟である私を死なせたくないと思う気持ちを持ち合わせていた。
たった一度だけ、救ってくれた。
『マティアス』
私は彼のそばに飛んで行き、耳元に顔を近付けて囁いた。周りには聞こえないくらいの小さな声で。
『私はまだ完全に死んだわけではない。だから、そんなに悲しまないでくれ、我が従兄弟殿』
「なっ……」
ぬか喜びをさせたくなくてローガンにも伝えていないが、私にはまだ生き返る可能性がある。誰よりも感情を剥き出しにして悲しんでくれたマティアスにだけは教えておきたくなった。彼は再び幽閉されるのだ。知っていても問題はないだろう。
「──馬鹿が。早く戻れ」
『そうなるよう努力している。みなと共に』
「……フン」
尊大な態度のまま、マティアスは王宮から去って行った。




