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第15話・不穏な夜


「宰相サマ、これからどーするんスか」

「夜も遅い。色々と考えたいことはあるが、一旦休んだほうが良いだろう」


 私は幽霊だからか空腹も眠気も感じないが、みな顔に疲れが出ている。朝から働いている者はそろそろ体を休めなくてはならない。特にティルナは限界が近いようで、非常にツラそうな顔をしていた。禁呪を維持するために霊力を消費しているから尚更ツラいのだ。


「陛下が憑いているワケですし、ティルナを行政区の使用人宿舎に帰すわけにはいきませんよね」

「そうですね。夜勤用の仮眠室の使用を許可いたします。エルマも一緒に泊まりなさい」

「わかりました、ヴィリカ様」


 女官長は懐から鍵束を出し、幾つかある中から仮眠室の鍵を取ってエルマに手渡した。


「二人が着替えや入浴をしている間、陛下は外に出るなどの配慮をお願いいたします」

『む、それもそうだな』


 うら若き未婚女性と一晩同じ部屋で過ごすのだ。元の禁呪は室内から出られなくなる縛りがあったが、改造後の移動式禁呪は一定の範囲内なら壁をすり抜けられる。


 ちなみに、今の私は霊感がない者にも姿が見えてしまうため、誰かが通り掛かる可能性が高い場所には居られない。迂闊に廊下でぼんやり浮いていたら騒ぎが起きてしまう。必要に応じて窓の外に出て待機するとしよう。


「大司教様とセオルド先生も今夜は王都の屋敷ではなく王宮内にお泊まりください。お部屋を用意いたします」

「くふふ、地下牢以外なら大歓迎ですよ」

「お、お世話になります」


 女官長はエルマに客室の用意をするよう指示を出している。クレイとセオルドの容疑はまだ完全には晴れておらず、自由行動は許されていない。


「二人の監視はウチから出します?」

「いや、王宮警備を(おろそ)かにするわけにはいかん。さて、どうするか」


 王宮警備隊はその名の通り王宮全体の警備を担当している。主要な出入り口や要所に配備され、不審者の侵入を防いでいるのだ。隊長のディーロを筆頭に腕の立つ隊員が多く所属しているが、他に割けるほどの余裕はない。加えて、今は非常事態であり、普段より警備を厳重にしなければならない。


「仕方ない。我が家の手勢から人を出そう」


 ローガンの実家であるパスメナス侯爵家には優秀な隠密が何人もいる。先代国王を倒す際にも情報収集や撹乱などで世話になった。気配を消しての隠密行動はもちろん個々の戦闘力も非常に高い。だが、あくまでパスメナス侯爵家所属の人材である。


『諜報部隊に任せてはダメなのか』


 私が口を挟むと、ローガンは眉間にシワを寄せた。ムスッとした表情を隠しもせず、宙に浮く私を見上げる。


「信用できない者を使うわけには──」

『だが、()()()()()()()


 アストとサヴェルが先代国王に仕えて手を汚していたのは忠義心からではない。そう教育されてしまったからだ。私が保護し、人並みの生活を知った今の彼らはもう非情の暗殺者などではない。


「ジークが望むなら仕方ない。だが」

『うん?』

「肝心の奴らがいなければ命じようがないだろう」


 言われてみれば、行政区の隠し部屋で見掛けた後から姿を見ていない。どこかへ行くとか話していたような気がするが……。


 思い出そうと首を傾げた、ちょうどその時。


「きゃああああ!!」


 外から絹を引き裂くような悲鳴が聞こえてきて、全員で顔を見合わせる。真っ先に警備隊のディーロとフレッドが部屋から飛び出していき、すぐに私たちも追い掛ける。


 悲鳴がした現場は王族の居住区と行政区を繋ぐ外回廊の一角だった。腰を抜かした若い女性使用人が石畳の上で座り込んでおり、ガタガタと震えていた。女官の視線の先にある植え込みが不自然な形に歪んでいる。


「なんスか、これ」

「ひどい有り様だな」


 フレッドが枝葉を掻き分けると、奥に男が一人倒れていた。よく見れば、付近には点々と血が落ちている。怪我をして気を失っているのだろうか。


「君、怖かっただろう。怪我はないかい?」

「ディーロ様……」


 手を貸して立たせてやりながら、ディーロが優しく声を掛ける。女性使用人は恐怖で半泣き状態だったが、頬が触れ合うほどの至近距離で微笑みかけられて涙を引っ込めた。


「言い争うような声が聞こえたので様子を見に外回廊に出てみたら、人が倒れているのを見つけて、わたし、びっくりしてしまって」

「そうか、それは災難だったね。もう大丈夫。後は俺が片付けておくから、君は持ち場に戻っていいよ」

「は、はいっ♡」


 恐怖心よりトキメキが勝ったようで、女性使用人は夢見心地のまま王宮へと戻っていった。


「さて」


 女性使用人の姿が見えなくなった瞬間、ディーロは顔から人好きのする笑みをスッと消した。


「おい、隠れてないで出てこい!」


 奥の茂みに向かって声を掛けると、ガサガサと葉が動き、中から一人の青年が姿を現した。


『アストじゃないか。何故こんなところに』

「へ、陛下?」


 暗い夜を具現化したかのような長い黒髪と褐色の肌、黒装束姿の青年は諜報部のアストだ。彼は宙に浮く私を見て目を丸くした後、そばへと駆け寄ってきた。


「え、なんで? ホントに陛下? まぼろし?」

『こんな有り様だが本物だ』


 伸ばされたアストの手が私に当たることなくすり抜ける。実体のない幽霊なのだと説明すると、彼は驚きの悲鳴をあげた。その声を聞きつけたのか、行政区側の建物からもう一人、アストと同じ諜報部のサヴェルがやってくる。


「どこ行ってたんだアスト! ……って、なんでエラい人ばっか集まってんの?」


 宰相と大司教、警備隊隊長、王宮医師、そして女官長が一箇所に固まっていることにまず驚き、続けて私の姿を見つけてサヴェルは固まった。いつもは眠たげな三白眼が思いっきり見開かれている。


 掻い摘んで事情を説明すると二人はすぐに理解してくれた。さすが若者、思考が柔軟で助かる。


『それで、アストはなぜこんな所にいたのだ』


 夜の王宮敷地内で倒れていた謎の男と、その近くの茂みから現れたアスト。無関係とは思えない。ディーロとフレッドも怪しんでいる。


「別に。コイツの後を尾行してただけ」


 答えながら、アストは倒れた男を指差した。男は気を失っており、セオルドが検分を始めている。


「手や首に外傷がありますね。血痕はこの傷から落ちたものでしょう」


 軽く服をはだけさせ、手際良く傷を見つけて応急処置をしていくセオルド。仕事モードに入ると真面目で頼れる男なのだ。つくづく人見知りと異常性癖さえ無ければな……と思わずにはいられない。


「傷は刃物によるものではありません。爪に血が付着してますし、自分で自分の首や腕を掻きむしったのでしょうか。傷は浅いので命に別状はありません。気を失った原因は転んだ際に頭部を打ったせいかと」


 命に別状がないと聞き、ホッと安堵の息をつく。が、同時に疑問がわいた。


『その男は一体何者だ。なぜこんな時間に王宮の敷地内で倒れていたのだ?』


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