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第11話・救いの手


 クレイが持つ火種が髪束に燃え移る直前、部屋の扉が勢い良く開いて何人かが雪崩れ込んできた。彼らは手前にいたセオルドを蹴り倒し、クレイを突き飛ばした。その際に火種が床に落ちたが、靴底で踏んで揉み消している。


「無礼な! 誰の赦しを得て神殿の最奥部まで」


 妨害されたクレイが怒りを露わに抗議した。クレイの腕を掴んで拘束しているのは王宮警備隊の隊員たちだ。開け放たれたままの扉から更に数人部屋へと入ってくる。


「王様、ご無事ですか!」

『ティルナ!』

「良かったぁ。アタシ、もうどうしようかと」


 真っ先に私の居場所を確認し、安心して気が抜けたのか、ティルナはその場にへたり込んだ。ローガンとディーロ、フレッド、少し遅れて駆け付けたエルマと女官長はティルナの視線の先に私の姿を見つけて驚いていた。不完全とはいえ禁呪の影響下にあるからか、この部屋の中では私の姿が誰からも見えるようになっているようだ。


『ティルナよ。よく私の居場所が分かったな』

「消えちゃう前に王様が『神殿』って言ってたからですよ。だから皆さんと探しにきました」

『だが、この部屋の特定は……』


 普通、聖職者以外の者は礼拝堂の奥に入ることはまずない。私も死後初めて足を(いや、今の私に足はないのだが)踏み入れたくらいだ。


「彼女の言葉を信じて神殿に向かったところ、セオルド先生が奥へと入っていく姿を目撃したので後を付けたのですよ」


 へたり込んだままのティルナに代わり、ディーロが説明してくれた。王宮医師が人目を忍んで神殿に出入りするなど怪しまないほうがおかしい。追い掛けた先で私の声にティルナが気付き、この部屋を特定したというわけだ。部屋に踏み込んだ時機(タイミング)を考えると、きっとクレイの恐ろしい計画も扉越しに聞いていたのだろう。


「……ジーク、無事で良かった」

『これを無事と呼ぶには(いささ)か無理があると思うが』


 みなの前だということも忘れ、私を愛称で呼ぶローガン。しかし、彼はすぐに気持ちを切り替え、クレイ達を睨みつけた。


「大司教クレイ・ヴェリエーダ殿。神に仕える敬虔な聖職者だと信じていたが、どうやら違ったようだな」

「フン」


 警備兵たちに後ろ手に取り押さえられた状態でローガンに詰め寄られたクレイは、口の端を歪めて笑ってみせた。話をするつもりはない様子に、ローガンは「話したくないなら仕方ない」と真顔で鼻を鳴らして踏ん反り返る。


「ディーロ、フレッド。大司教殿とセオルド先生をジークヴァルト陛下殺害容疑で捕らえろ。多少手荒な真似をしても構わん。犯行手段や動機を吐くまで尋問することを許可する」

「了解です」

「あっ、オレ! オレ拷問やりたいっス!」

「やめろフレッド。許可されたのは『尋問』だ」

「ちえ。……ま、洗いざらい吐かせてやるっスよ」


 挙手して拷問を担当したがるフレッド。彼は獲物に狙いを定めた猛禽類のように眼帯に覆われていないほうの目を爛々と輝かせている。


 ローガンとディーロ、フレッドのやり取りに顔色を変えたのはセオルドだ。彼は元々青白い顔を更に青くしている。先ほどまで反抗的な態度だったクレイも、殺人を疑われるとは思っていなかったようだ。


「ち、違う! 僕は陛下を殺してなどいない!」

「そうだ、わたくしが陛下を手に掛けるわけがない!」


 焦った様子で反論する二人を、ローガンが冷たい目で睥睨している。幼馴染みだからよく分かる。今、ローガンは死ぬほど怒っている。こうなった彼は白黒はっきりさせねば収まらないのだ。


「禁呪に関する法律や罰則は特に制定されてはいないが人道に(もと)る行いであることは確か。更に、王族の御遺体を埋葬せず個人で所有しようという考え自体が問題なのだ。両名とも死罪を覚悟せよ」

「なっ……」


 実質的な極刑を宣言されたセオルドは見るからに狼狽し、ガタガタと体を震わせながら背を丸めて縮こまった。一方のクレイは殺人容疑を否定し続けている。


「わたくし共は陛下崩御の一報を聞いた後に行動を起こしたまで。陛下の御身が無事ならば、そもそも何かしようなどと考えもしませんでしたよ」

「だから無実だと言いたいのか? 馬鹿馬鹿しい」

「お分かりになりませんか宰相殿。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということです」


 ざわ、と場の空気が変わった。


 私の死因は朝食に仕込まれた毒によるもの。だが、配膳前にアストが毒味して安全だと判断している。王宮医師のセオルドならば毒物の入手は容易いだろうが混入は不可能。


「貴方がたがわたくし共にかまけている今この瞬間も、陛下を(しい)した犯人が堂々と王宮内を闊歩しているかもしれないのですよ」


 そして、毒物が仕込まれた方法が判明しなければ気を抜くことができない。なぜならば、犯人が捕まらない限り犯行が繰り返される恐れがあるからだ。身重の王妃アリーラや世継ぎの王子ディアトが狙われたらと思うと恐ろしくてたまらない。


 特に、ローガンにとってアリーラは血の繋がった妹であり、ディアトは甥なのだ。普段冷静な彼がやや感情的になっている姿を見て、私も落ち着かない気持ちになった。


『ローガン』


 思わず声を掛けると、ローガンはしばらく沈黙してから小さく息をついた。


「……殺人容疑は一旦取り下げる。ディーロ、二人を王宮の地下牢へ。犯人が捕まるまで絶対に外に出すな」


 地下牢なんてあったのか。隠し通路の存在も死んでから知った。七年も住んでいるのに王宮のことを何も把握していなかった。いや、きっとローガンがわざと知らせなかったのだ。光の当たる表舞台に私を立たせ、自分は影でやるべきことをやる。そんな男なのだから。


「ええ~、尋問しないでいいんスか?」

「とりあえず無しだ」


 ローガンからの返答に、フレッドがあからさまに残念そうな顔をした。そんなにやりたかったのか、尋問。


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