第1話・若き国王ジークヴァルト、死す
大陸の端に位置する小国、ロトム王国。
特筆すべき産業はなく資源も乏しい。故に近隣の国々から脅かされてきた歴史を持つ。
だからだろうか。先代国王が道を違え、私利私欲にまみれた貴族たちの甘言に唆され、隣国に対して戦争を吹っ掛けた。数年に渡る戦いで互いに疲弊し、居住地や畑が焼かれ、多くの罪なき民が傷付いていった。
戦争に負けてもなお同じ過ちを繰り返そうとする先代国王を仲間と共に打ち倒し、甥のジークヴァルトが新たな王となった。悪徳貴族を一人残らず粛正し、近隣諸国との関係を改善し、平和を手に入れた矢先のことである。
国王ジークヴァルト・ディグニスが突然死亡した。
即位七年目、三十二歳。第二子の懐妊が分かったばかりの、まさにこれからという時。
若き国王の死は国民に混乱を招くとして、すぐに公表されることはなかった。事情を知る者は王族の居住区に出仕している女官と、ごく限られた家臣のみ。動揺する者、嘆く者、現実を受け入れられない者。様々な反応を見せる家臣たちの姿を、私はどこか他人事のような心持ちで眺めていた。
『……私は何故死んだのだろう』
いつもより騒がしくなった王宮内を、まるで風にあおられた羽毛の如くふわふわと漂いながら見て回り、ひとり呟く。もちろん誰も私の言葉に反応しない。存在にすら気付かない。普段ならば必ず近くに誰か一人は控えていて一挙一動に気を配り、一言発すれば直ちに応えてくれたというのに、だ。
まるで全員から無視されているようで最初のうちは混乱したものだが、数時間も経てば自分の置かれた状況も大体理解できた。
ジークヴァルトは確かに死んだ。妻と幼い息子と三人で朝食を取っている最中に胸が苦しくなり、治療の甲斐なく息を引き取った。急なことで驚きはしたが、人間いつかは死ぬ。早いか遅いかだけの違いである。
問題は死後の現状だ。人間は死んだらそれまでだと思っていたが、どうやら違ったらしい。死後、肉体を離れた魂がこうして辺りを彷徨っているのだから。
『うーむ、どうしたものか』
悩んだところで、私の姿は生きている人間からは見えないのだから何もできることはない。私の死を悲しむ妻子や家臣たちの姿を眺めることしかできない。
国王とはいえ一人の人間。死ねば物言わぬ骸となるのみ。いずれこの意識も薄れ、終わりを迎えるのだろう。そう思っていた。
──もしもーし、聞こえますかぁ?
『せめて第二子の顔を見てから死にたかったなあ』
──あらっ、聞こえてないのかしら。
『しまった。例の法案、まだ宰相に改善箇所を伝えてなかった。どうしたものか……』
──おかしいわね。音声は接続されてるはずなのに。
家臣たちのざわめきに混じって知らない女性の声が聞こえる。今の自分に話し掛ける者などいないはずだ、と聞こえぬふりをしていた。なにしろ、辺りを見回しても声の主の姿はないのだ。幻聴の類に違いない、と考えていた。
──仕方ないわね。えいっ!
気合いの入った女性の掛け声と同時に私の視界が揺らぎ、今まで漂っていた王宮の廊下から違う場所へと移動していた。
昼間だというのに陽が入らず薄暗い、石造りの建物の中である。精緻な彫刻が施された高い天井から眼下に並ぶ椅子や祭壇に、この場所がどこかを思い出す。
『女神の、神殿……?』
──その通り。ここはわたしの神殿なの!
先ほどより近く鮮明に耳に届く声に驚いて振り返ると、浮いている私の背後に誰かがいた。虹色に輝く長い髪に真珠のような白く滑らかな肌、豊満な肢体を持つ魅力的な女性である。美しいと思うのに、不思議と浮ついた感情が湧いてこない。ただの人間ではないとすぐに察した。
『では、もしや貴女は』
──ええ。ロトム王国を守護する愛と平和を司る女神アスティレイアとはわたしのことよ!
王宮の最奥にある神殿には女神を模した像が置かれ、王族や貴族の冠婚葬祭はこの場で執り行われる。大司教が管理しており、私も二日に一度は礼拝に訪れていた。まさか女神本人にお目にかかれる日が来るとは予想すらしていなかったが。
──何度も声を掛けたのに聞こえていないみたいだから神殿に呼んだのよ。貴方に伝えなければならないことがあって。
女神から託宣を得るなど人生とは何が起こるか分からぬものだ。いや、数時間前に死んでしまったからこそ直接聞けるのかもしれない。
私は宙に浮いたまま女神へと向き直り、言葉を待った。




