提案と条件
3話目です。よろしくお願いいたします。
「…拠点?」
「そ。この森の野良魔獣の討伐依頼がギルドに来ていて、ここにやってきたんだけど。昨日見た感じだと結構いたから、暫く滞在させてもらえないかと思って。当然、対価は払うよ。その他もちろん、自分のことは自分でする。食材もこうして、自分で採ってくるし、何だったらアナタの分も調達してくる」
「ルカ、ね。」
「はい。ルカさん、ね。この提案、どうかしら?」
昨日捉えて血抜きしてから氷漬けにしておいた六角ボアをズバズバとダガーで切り捌いている、朝のことだ。
夏なので翌日には半解凍だが、それがまたちょうど捌き易くって都合がいい。
ルカは、そんな私をスケッチし続けていて離れない。
彼からしたら、多分珍しい光景なのだろう。
昨日、彼が絵を描いた時のことを思い出して初めは警戒したが、今回はデッサンされていても妙な心地はしなかったので安心して勝手に描かせている。
作業中はずっとこうして近くに居る様子だったので、雑談まじりに提案を始めたところだ。
彼も彼で、木炭を動かす手を止めないままに、私の言葉に応答する。
「…対価、というのは?」
「用心棒を兼ねるわ」
「…用心棒?俺の?」
「そう。今までどうやって対応してたか知らないけど、『大変っちゃ大変』なんでしょ?画家だというんなら、余所者の魔物のお邪魔がいちいち入ったら仕事にならないだろうし」
「……」
「その点、私は本職が彼らの退治みたいなところあるから一石二鳥よ。ただ、退治するならアナタを困らせてる魔物から優先的に排除するわ」
「……」
「どう?悪い話ではないと思うんだけど」
そこで手を止めて、ルカは少しだけ何か考えるふうに顎に手をやった。
「その提案を飲む前にいくつか質問がある」
「どうぞ、なんなりと」
「君が倒れていた理由を訊きたい」
「どうして?」
「その理由如何によっては、ニコリナを招き入れることでこちらに身の危険があるかもしれない。あとでそれが判明するのは困る」
なるほど。一見冷たくも聞こえるけど、初対面の人間を受け入れるならば、合理的な確認だ。
風貌に似合わず、結構ちゃんとしてるのかもしれない。
「あれは、簡潔に言うと、飢えと魔力切れ」
「あんなに大味な魔法ばかり使うのに?魔力は多い方なんじゃないの?」
「多いから、なのよ。これは完全に私の事情なのだけど、最近、また以前にも増してコントロールが難しくなっているの。体内に溜め過ぎると暴走するから、わざと大きな魔法を使って消費しまくっているって感じかな」
「だから、わざわざこのケモノも自分の力で丸ごと氷漬けに」
「そ。そうした方が私の体にはいいの。まあ、そうやって管理できているうちはいいのだけど。魔法を使った分、すぐお腹が減るのよね。頭使ったりすると体が糖分を欲するでしょう?それと一緒で、魔力を消費し過ぎるとお腹が極端に減るの。さらに言えば空腹が過ぎると、コントロールができなくなって、魔力を放出しまくって、突然魔力切れになる。それが昨日の行き倒れ状態」
「…危ないな。大丈夫なの?冒険者として、そんな不安定で。」
ぐ。痛いところ突くな。
もうちょっと歯に衣着せなさいよ。
でも、言っていることは間違ってないんだよな。
「普段はそんなこと、滅多にならないわ。でも、この森に入った時、ちょっと様子が変で……だから、アナタに拠点のお願いをしているっていうのもある。普段なら依頼先が自然区域なら、野営するところなんだけど」
「じゃあこの森から離れた方が得策なのでは」
「冒険者だもの。仕事から逃げるわけにはいかない」
「…………分かった」
トン、と抱えていたスケッチを膝に置いて彼が言う。
「いいよ。」
「本当?!ありがとうっ」
「ただし、俺からも提案と条件がある」
「へっ?」
「食材の確保は助かる。ただし、乱獲しないこと。元の住人である魔獣に迷惑をかけないでくれ。後の付き合いがやりづらくなるから。生態系に影響がない程度に」
「もちろんだわ」
「あとは、家の裏に菜園があるからそこを活用してほしい。魔法で収穫を増やすとかは好きにやってくれていい。調理は俺が担当する。二人分も一人分も手間は変わらないから、バラバラにやるより効率がいいだろ」
「分かったわ。ありがとう。お願いします」
「部屋の中は適当に好きに使ってもいいし、使わなくてもいい。人ん家ちが落ち着かないようなら、庭とかだったら好きに野営道具使ってもらっていい」
こくこくと頷きながら聞くばかりだ。
今聞いたばかりの提案でこれだけ色々、よく思い付くなあ。
「あと、一つ、大事な条件」
「なに?」
「ここに居る間は、モデルをやってもらいたい」
「えっそれって」
「画家としての依頼だ」
「え、ええーー…と」
回答をためらって手を後ろでもじもじさせていると、そんな私を見て彼はニヤリと口の端を上げた。
「もしかして、昨日みたいのを、って思っている?…お望みであれば、いつでも続きを描くよ」
「なっ?!ばっ…、そんなわけ、ないでしょう?!むっむしろ、逆よ!!そんな乙女の身を危険に晒す条件はのめないわ!」
「乙女て。…そんなに慌てなくても大丈夫だよ。もう、しない。たぶん」
「たったぶん?!」
「だから慌て過ぎだって。あー…、でも、困ったなぁ〜モデルしてくれないんだったら、やっぱり断ろうかな。俺、パーソナルスペース結構広いんだよね…」
「ぐっ…」
「……どうする?」
「…………今みたいな、普通に描くんなら、別にいいけど」
そう言いつつも不満げに、ダガー片手に睨み付ける。
背景には部位ごとに分けられた六角ボア。
しかし、そんな凄みにも怯むことなく彼はニッコリと私に笑いかけた。
「ありがとう、それで十分。じゃ、交渉成立だね。これからよろしく、ニコリナ。食いしん坊の用心棒さん」
「うっ…、よろしく、お願いいたします。ルカさん。」
すっと彼から差し出された手を、おそるおそる握り返した。
私の不安げな様子に、彼が更に相合を崩す。
「大丈夫、そんなに心配しないで。あれは滅多にない…多分」
「…っ?!だからっ、ちゃんと確信をもって発言してくれない?!滅多にだってやだかんね!」
「大丈夫、あれは俺も疲れちゃうからね。…まあ、でも、ご期待に添えるよう頑張るよ」
「がんばらなくっていいです!!ってか、期待してないからっ」
「これから楽しくなりそうだな〜」
そう言ってわざとらしくニヤついた顔を見せたルカは、捌いたばかりのボアの片脚を抱えると小屋の中へと戻っていった。
…選択を、誤ったか?
いや、でも野営に不安があるのは本当だし。
無事に了承を得られたのは、良かった、…のか?
とりあえず、お言葉に甘えて庭に早速テントを張って、なんなら簡単な結界も張っておいた。
ニコリナ18歳、乙女の危機か否や。
その夜さっそく夕飯に出てきた塩煮豚ボアが美味しすぎた。
美味しすぎて、食べ過ぎて、お腹いっぱいで眠くなって、そのままソファでうたた寝した。
深夜に起きたら薄布が掛けられていて、彼は奥のハンモックで静かに眠っていた。
なんとも言えない微妙な気持ちになった。
こうして、妖しい画家との奇妙な同居生活が始まったのだった。
ありがとうございます!




