翌朝
よろしくお願いします
「君のことが好きだ」
泣きそうなのに笑ってる。
そんな複雑な表情で目の前の男はそう告げた。
私の頭の中は疑問符だらけになった。
まず、人に好意を告げるのにその顔はなんなんだ。
全然、嬉しそうじゃない。
まるで私のことを好きなことで不幸であるみたいに。
まったくもって失礼なことだわ。
「え?あ、あの、ルカ?そういうタチの悪い冗談はちょっとどうかと思うのだけど」
「冗談じゃない。間違いでもない。ちゃーんと目の前にいるのがニコリナだって、分かっているよ」
言い含めるようにゆっくりと告げるルカに、私の動揺は終わらない。
「なん、なんで、急に…っ、そんな、」
「うん。急ではないんだけど、まあ分かんないよね。隠す気だったし」
「じゃあなんで…」
「急に言い出したかって?…諦めたんだ。開き直ったとも言う。それに、もう間違えたふりは出来ないから」
「…はえ」
言葉足らずでなんの話をしているのか全然分からない。
説明する気がないような気がして少しムッとする。
「間違えてると思われるのも嫌だったし。俺は正真正銘ニコリナに対してしか反応しないのに」
「は、はんの…っ」
そう言われてついつい下半身をチラリと見てしまう正直者な私。
確かに布を押し上げるなにかがあるのが分かって、慌てて視線を逸らした。
そんな私にきづいているのかいないのか、ルカはその後も平然と続ける。
「だから今からすることも、そのつもりで受け止めて」
「え。いまからって…っ、あっ」
なにするつもり、と問う前にもう一度唇を塞がれた。
いや、待って。
待ってほしい。なんだこの急展開。
あなたついさっきまで寝込んでましたよね?
熱出て数日うなされて、やっと回復した最初がこれ??
戸惑っている間にも、ルカは角度を変えて舌を口内へと差し入れてくる。たどたどしく小さな口の中で逃げ惑うも、私の舌はすぐに絡めとられて先端から奥までいやらしくなぞられる。
浅い呼吸とともに声が漏れて、それが思った以上に甘ったるい音になってしまって、羞恥に晒される。
こぷりと唾液が口の端から溢れたのが分かった。
身動ぎしたら、彼の両腕が背中に回ってぎゅっと抱き締められた。
いやこんなことするよりもさ。
私は先に色々聞きたいことがあるのよ。
あの絵を使った謎の魔法なのかなんなのかも説明してもらわないとスッキリしないし
スッキリしないといえばアトリエの絵のことだって聞きたいことだらけだし
そもそもが得体の知れないところがありすぎる状態で身を委ねるのは落ち着かなさすぎるし
唇を重ねながら、彼の固く大きな掌が背中から腰までのラインをなぞり、また肩まであがり首のうしろを撫でる。
ぴくんと体が震えて、また高い声が、塞がれた口の隙間から漏れる。骨ばった長い指が耳を掠めて、優しく撫でられて背筋をなにかがピリリと走った。
ん?っていうか、私、身を委ねる気なのか?
こんな怪しい画家(自称)に?
なぜ?
冒険者としての危機管理能力はどこにいったんだ?
でもなんでか。
なぜだろう。
「…いや?」
ちゅるっと大きめの音を立てて唇を離したルカはまだ泣き笑いのままで私の顔を覗き込んできた。
私は素直に首を横に振った。
そう。
困ったことに嫌ではない。
こんなに訳が分からなくて怪しさ満載だし、ムードも何もないまま始まったコトなのに、体が誤作動を起こしているのか拒む気が起きない。
そんな不可解な心境までもが透けて見えたのか、ルカは更に困ったように眉を寄せてから、でも声をあげて笑った。
あ、今の表情、なんかいい。落ち着く。
「あーーーー…ニコリナ…」
その笑った顔のまま、ルカが抱きついてくる。
さっきまでの情欲の混ざったものではない、友愛のハグみたいな気軽さのものだった。
湿度の高い雰囲気が霧散して、私は少しだけ安堵して、彼のほうに体重を預けてハグを受けいれた。
「ニコリナ」
「なに…」
「ニコリナ、名前、呼んで」
「ルカ」
「もう一回」
「ルカ…?なに。どうしたの。いろいろ説明が足りない」
「そうだな。いろいろと足りない」
クスクスと笑う声が首の後ろから聞こえる。
この男の笑い声をこんなに聞いたのは初めてではないだろうか。
「でも、時間も足りないんだ」
「時間…?」
「そう。でもニコリナ、これだけは覚えていて」
少しだけ体を離したルカは、私と視線を合わせてから優しく諭すように言った。
「これから先、なにがあっても、俺から離れないで」
まるでこれから何かあるみたいな口ぶり。
また鬼螻蛄みたいなやつが来るってことなんだろうか。
私を狙っている魔物のことでも知っているのだろうか。
離れないってどういうこと。
またこの間みたいな魔法を使ってルカが守るってこと?
たぶんだけど、その魔法のせいであんなに熱が出たっぽいのに?
益々眉根を寄せる私をよそに、その眉間にコツンと額を合わせてルカは更に甘い声を出す。
「俺のすることを信じて。俺が君を愛しているということを、忘れないでね」
「ん、あいい?!!」
まるでこれまでのルカからは飛び出さないような言葉が彼の口から吐き出されて、私は目を白黒させて狼狽えた。
ルカがまた、笑った。
「な、ちょ、え、ま、ちょ、待っ…」
なに一つ語彙として未完成のままあうあうしている私とは打って変わって、ルカは落ち着いている。
そしてこれまでのどんな時よりも明るい。
開き直ったっていう心境がそうさせるのか。
彼は私の細い指と絡めるようにして両手を握り込んだ。
そして祈りのときのように私と手を合わせて、目を閉じた。
まつ毛の落とす影が濃い。
吹き出物ひとつない白い肌。
綺麗な顔立ちだなあ、と間近でみて改めて感心してしまう私。
ぼうっとしていると、彼の瞳がぱちりと開く。
ぽんぽんと背中を叩かれ、体と離れた。
子どもをあやすような仕草だった。
そしてそっとベッドから降ろされた。
あっと、私、いつのまに上に乗っていたんだ。
無意味によれたスカートの端を直してみたりする。
恥じらう私に微笑んで、ルカは言った。
「この先をこのまましてもいいかなと思ったんだけど、さすがにニコリナの気持ちが追いつかないよね」
そして今度は頭をぽんぽんされた。
かあっと頬が赤くなるのが自分でも分かった。
「体のほうは受け入れ態勢にありそうだけど」
「受け…っ、な!なにを!」
「じょーだん」
「なっ!!!?……っ、もう、からかわないで!」
「なんてね。まあ半分本気だけど。ニコリナはからかえば揶揄うほど可愛いから止められない」
「かわっ?!…も、もう!やめて!ほんとにやめて!そのへんにしてっっ」
「ははっ、あーかわいい」
「だからっ!!」
私は真っ赤になって彼の胸あたりをばしばし叩いた。
軽く腕でいなしがら、ルカは私を宥めてからもう一度横になる。
「…まだ辛いの?」
「いや、体力がなくてね。もう一眠りしたら活動開始します」
「そう。食事は」
「起きたらもらいたいかな。ニコリナのごはん、おいしかったよ。ありがとう」
柔らかな声で言われてぐうっと喉が詰まる。
これまで、ルカに「愛想よくしろ」だの「ビジュアルを活かせ」だの様々な文句をたらしてきたが、こうして一転、ここまで変わられてしまうとこれはこれでやりにくい。
まるで別人のようになったルカに私のほうが対応できなくて始末が悪い。
それでも、まだ本調子ではなさそうなルカから離れて休むのはどうしても気が進まなくて、私は彼の眠るソファの横に寝袋を敷いて休んだ。
そのくせルカから感じた熱を思い出してしまって、眠りに就くまでにいつもの倍くらいの時間がかかった。
ありがとうございます!




