最悪の出会い
「なろう」さんにて若干アレンジの上での再掲です。
よろしくお願いいたします。
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夏虫の声が煩い。
手が、動かない。
ついでに足も。だる。
あーー…そうか、さっきまで気を失ってたんだな。
で、虫の声で目が覚めたと。
うざいなぁ。
寝かしといてくれ。
頑張れば、眼ぇくらいは開けそうだけど、面倒でそんな気にならない。
このまま死んじゃうのも、いいかも、な。
ざく。ざく。ざく。
あ、人の足音……こっち来るかな。
おお、すぐ近くで止まった。よし。
「…何欲しい?」
……欲しい、もの?
倒れてる人にそんなことを訊くなんて、変わった人だ。
そこは普通「大丈夫ですか?!」とかって駆け寄ってくるところじゃない?
助けてくれる気あんのかな?
って、さっきまで死のっかなーとか言ってたくせに助けてもらう気でいるし。
割に現金だな私。
「み、…………み、ず……」
最後の力で呟くと、目の前の人が身体を屈ませる気配がする。
ぱしゃりと口元に水が寄せられたようだが、それを自力で嚥下する力は残っていない。
おかしなところに水が入って、げっほげっほと咽せていると、後頭部に大きな手が回った。
すうと、口に柔らかなものが触れて、その隙間から清涼なものが入り込んでくる。
んく、んく、と命を求めるようにそれを飲み下した。
渇ききった喉を冷気が通り過ぎるのを感じて、ほうと息を吐く。
「お…、」
「お?」
「お、な、か…スイタ……」
その言葉を最後に、意識を手放した。
その間際、なにか濃厚な、花の香りが、した。気がする。
*****
夏虫の声がする。
窓の向こうからか、少しだけくぐもって聞こえてくる。
声と一緒に涼やかな風が入ってくる。
ここは安全だよ、と教えてくれるような優しい風だ。
これだけの大合唱なのだから、ここはきっと森か林の中か、そんなところだろう。
ふわりと、頬を優しく撫でられる感触で身体が弛緩する。
人の手よりも、ふわふわとしたなにか。猫のしっぽかな。
それから、髪がサラリと撫でられる。
天然のウェーブに沿って、ゆるゆると伝うように。
気持ちいい。
心地よくて、ずっとこのままでいたい。
そういえば、ここはどこだろう。
私、確かさっきまで行き倒れてたよね。
そういえば、水を飲ませてくれた人がいたな。
その人が助けてくれたのだろうか。
すすす、とふわふわとした尻尾らしきものの感触は髪と耳を通って、首筋へと至る。
ふふ。そこは、ちょっとくすぐったいなぁ。
だとしたら、ここは助けてくれた人の家かしら。
こんなに夏虫が喧しいなか、よく生活できるわね。
しゅるりと、ふわふわが耳をくすぐる。
敏感なところを繰り返し撫ぜられる。
「ん……、んぁ、…ふ。。」
何故だか自然と声が漏れてしまう。
なんだろう、気持ちいい。
けれど、こそばゆい。
夢の中のふわふわに、されるがまま。
どうしよう。私、ちょっとおかしくなってるかも?
さらに撫で続けるる何かは、つつつ、と肩筋、脇腹を通って、下へ下へとささやかな刺激とともに降りてくる。
「ふ……、ぅ…?」
そしてふわふわと腰へと降り、するすると足の付け根を辿り……
「…っっ、わひゃあっっ」
がばっ
「あ、起きた」
「なん、なんっっ…触らなっ…あ、あれ?」
目覚めたところは、少しだけ暗いどこかの家の中。
外の陽光が斜めになった天窓から差してきていて、その自然な光だけが、ゆったりと室内を照らしている。
だんだん扇情的になる撫で心地に身の危険を感じて、怠い体をおしてまで飛び起きたが、自分はぽつんと1人ソファに寝そべっているだけだった。
ぽかんとしたまま、息を整えながら部屋をぐるりと見回す。
「大丈夫?」
「へあ?!」
と、思ったらもう一人いた。
離れたところから、椅子に腰掛けてこちらを観察している。
「何さっきから叫んでいるの。もう少し安静にしたら?」
「あなた、私が寝ている間に触った?!触ったでしょ!!」
「触ってない。俺はここから動いていない」
「うそだあ!…てゆかっ、わたし裸なんだけど?!みっ見たの?見たのね?!わっ私の服はどこよ!」
そう。ソファに横たわる私は衣服を身包み剥がされて、生まれたままの姿だ。
ほんのお情け程度にかけられていた白いリネンを被り直して慌てて全身をすっぽり隠す。
更に身を包んで保護してくれるものがないかとあわあわしていると、はあ〜〜〜とわざとらしい大きな溜息が聞こえてきた。
非常に面倒そうだ。
……あれ?
「あのさ。それが命を助けてもらった人にとる態度かな?」
うぐ。
やはりそうなのか。
そんな気はしていたけど、起きて早々にこんな辛辣な物言いをする人に助けてもらいたくはなかった。
一命を取り留めたばかりで、さっそく贅沢なことを言い出している自覚はある。
「さっきまで、君が寝ていた時は全て隠れていたよ。君が飛び起きたから、はだけただけで」
「でも脱がしたんでしょ?」
「そりゃ、あんだけ泥まみれで、何かの生物の粘液だらけで、ボロ切れみたいな服を着せたまま家に上がらせられないからね」
「じゃ、やっぱり見たんじゃない!」
「不可抗力、と言って欲しいなあ」
「でっでも!」
「それに、服ならそこにある。綺麗に洗濯して、干して、繕って、そこに掛けてある」
振り向くと、確かに2週間ほど前に宿屋を出発する時と同じくらい綺麗になった、綻びのない私の衣装が壁に掛けてある。
これは、流石に居た堪れない。
「あ、…ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
それから、ポイと皮革袋をこちらに投げてきた。
「わっ」
「お水。長いこと寝込んでたから、水分とったほうがいいよ」
「う、ありがとう」
善意なのは、分かる。
しかし、こんな態度の横柄な男性に恩義が増えていくのは躊躇われた。
ごくごくと水を飲みつつ、再び部屋を観察する。
あまり広くはない平屋の一部屋は、雑然として細々としたものがあちこちに置いてある。
食器の量や収納からして、明らかに男性の一人暮らしだと分かるが、可愛らしい小物とかも時々置いてあって、全体的に温かみのある雰囲気の部屋だ。
開放的な、大きな窓というか、縁があって四方のどこからでも家と外を出入りできそうだ。
ここから、気持ちの良い風が、入ってきていたのか。
「急に動いたら危ないよ。もう少し横になってたら?」
「う…はい。ありがとう、ございます……」
沈黙。
再び、夏虫の声だけが室内に響く。
言われるがままに横になり、そのまま正面に座っている恩人(仮)のことも観察した。
いや、流れ的に命の恩人確定ではあるんだけどなんか言葉の端々に棘があって素直に認めたくない。故の(仮)。
男性。
線細め。
肌白い。
首が少し前にでていて、猫背。
病弱そう。
淡いグレーの髪。
顔と肩にかかる長さ(うざったいからもっとスッキリ切ったほうがいいと思う)。
顔は、その長い前髪で、ほとんど見えない(絶対切ったほうがいい)。
目はチラッと見えるけど、色が判別できない。
衣類は清潔感はあるが地味な色で、質素。
椅子の前に置かれた、何やら白くて四角いものを真剣に覗き込んでいる。
その四角に右手を細かく動かして、…描いている?
絵を描いているのか。
あれは、キャンバスかな。
「…ひっ?」
ぼんやりしていると、突然先程の細やかな刺激が戻ってくる。
(なに、これ…?)
ぴくりと肩が震える。
腰から太腿、ふくらはぎ、それから足の裏まで。
体のラインを撫でるように、なにか動物のしっぽのような柔らかさが這う。
ような感触があるだけで、実際には目の前には何もない。リネンのなかにもない。
彼の言ったとおり、彼は触るどころか、近付いてすらいない。
時折、チラリチラリと寝そべる彼女に視線を送るだけだ。
(なに、この感覚…)
「ん…」
耐えかねて、口を片手で塞いで。
リネンを握りしめて、身体をぎゅっと縮こまらせる。
「………ふ」
「ちょっと。動かないで。」
「ひえっ?…な、なんでぇ?!」
「今ちょうど…って、あれ?もしかして、感じちゃった??」
せせら笑うように彼が言う。
私の顔が僅かに染まっているのを認めて、口角を緩くあげた。
「や、え?!な、あなたやっぱり何かしたのね?!私に!!!」
「なにも。……絵を描いてただけだよ」
「はあ?!」
「君の絵」
「なん、そんな!勝手に描かな…っっ」
「俺に描かれて感じちゃったんだ。ふうん、可愛い」
はあ?顔が羞恥でますます染まる。
「な、そんなんじゃ…っ」
「じゃ、それも取っちゃう?」
椅子から腰を上げて、私の身体にかかった白い布を取り去ろうとする。
ぐるぐると栄養と猶予の足りない頭がこんがらがって、どうするべきか何も結論が出ない。
や、やっぱりコイツは恩人でもなんでもない、恩人(仮)どころか、痴漢だチカン(確)!!!
「や、や、やめてぇっっっ」
どどーーーーーーーーーーん
気付けば、彼の家に落雷を落とした後だった。
パキン…と音を立てて落ちてきた屋根の一部が、今まさに近付こうとした男の頭にコツンコツンと降り注いでいる。
「………………ご、ごめんな、さい」
夏虫の声が、止んだ。
ありがとうございます!




