第9話『報告義務なし』
その日は、報告がなかった。
委員会室に入ると、
机の上は整っている。
用紙の束も、いつも通りの厚みだ。
だが、
「新規」の付箋が一枚もない。
彼は確認する。
トレー。
掲示板。
連絡ログ。
どこにも、
即時対応や経過観察の印は見当たらなかった。
「今日は静かですね」
誰かがそう言う。
確認というより、
場を埋めるための言葉だ。
彼はうなずく。
静かな日は、悪くない。
問題が起きていないということだから。
処理すべき案件がない場合、
委員会は短く終わる。
それも、
制度上は正しい。
顧問は来ない。
来ない理由が、
今日ははっきりしている。
報告義務が、発生していない。
開始から二十分ほどで、
解散が決まる。
彼は、
自分の役割が消えた感覚を覚えた。
役割がないことは、
悪いことではない。
むしろ理想だ。
だが、
何もしていないはずなのに、
少しだけ疲れている。
教室に戻る途中、
廊下ですれ違った生徒が、
一瞬だけ視線を逸らした。
理由は分からない。
気にするほどのことではない。
昼休み、
掲示板を確認する。
いつもなら流れている
些細な不満や、
曖昧な噂も少ない。
静かだ。
誰も、
何も書いていない。
それは健全な状態だ。
彼はそう理解している。
放課後、
委員会室に立ち寄る必要はなかった。
だが、
帰り道に自然と足が向く。
扉は閉まっていた。
鍵は掛かっていない。
中に入る理由はない。
だが、
入ってはいけない理由もない。
彼は扉を開け、
中を見渡す。
机も、椅子も、
朝のままだ。
用紙の一枚も、
動いていない。
「報告義務なし」
そういう日だ。
彼は、
何も書かずに帰る。
家に着き、
机に向かう。
ノートを開く。
白いページ。
今日は、
報告義務がない。
だから、
書く必要もない。
それでも、
ペンを持ったまま、
しばらく動けなかった。
何かが起きたわけではない。
何も起きていない。
それが、
少しだけ重い。
彼は、
ページを閉じる。
報告義務がない日は、
判断もいらない。
そのはずだった。




