第8話『運用上の差異』
その日は、朝から小さな変更がいくつか重なっていた。
時間割が一部入れ替わり、
委員会の開始時刻も十分ほど後ろにずれる。
理由は共有されている。
施設点検。
一時的なものだ。
彼はその連絡を見て、
特に何も思わななかった。
対応は簡単だ。
開始を待てばいい。
待ち時間の間、
委員会室には誰もいなかった。
机と椅子だけが、
いつも通り並んでいる。
彼は一番近い席に座り、
用紙の束を確認する。
今日の分は、
いつもより少ない。
だが、内容が軽いとは限らない。
開始時刻になり、
他の委員が揃う。
顧問は来ない。
それも、いつも通りだ。
最初の事例は、
連絡不足による軽い混乱だった。
対応はすでに済んでいる。
報告だけが残っている。
処理方針は明確だ。
彼は、
いつもの文面を書こうとして、
ほんの一瞬、手を止めた。
同じでいい。
だが、今日は少しだけ状況が違う。
開始時刻の変更。
連絡経路の一時的なずれ。
運用上の差異、と言えるほどではない。
だが、完全に同一とも言い切れない。
彼は考える。
この差を、文面に反映させるべきか。
反映しなくても、問題は起きない。
前例として処理できる。
対応不要とも言える。
だが、
「いつも通り」と書くことに、
わずかな引っかかりが残る。
彼は、
文面を少しだけ変えた。
意味は同じ。
結論も同じ。
だが、言い回しが違う。
それを見て、
隣の委員が一瞬だけ首を傾げた。
「……あ、なるほど」
それ以上は何も言わない。
運用上の差異は、
説明されないまま共有された。
次の事例でも、
同じような場面があった。
いつもと同じ判断。
だが、少し違う書き方。
積み重なっていく。
誰かが言った。
「今日、文面違いますね」
責める調子ではない。
確認だ。
彼は答える。
「今日は、少しだけ条件が違うので」
それで納得された。
制度は問題なく機能している。
判断も間違っていない。
ただ、
完全に揃ってはいない。
委員会が終わり、
廊下に出る。
掲示板に貼られた注意文を読む。
そこにも、
微妙な言い換えがあった。
意味は同じ。
だが、以前とは違う。
彼はそれを見て、
一度だけ立ち止まった。
運用上の差異。
そう分類できる。
帰宅後、
机に向かう。
メモ帳を取り出し、
何も書かれていないページを開く。
今日は、
書けるかもしれないと思った。
だが、
どこから書けばいいのか分からない。
制度の文面と、
自分の中の判断が、
完全には重ならない。
それをどう表現すればいいのか、
言葉が見つからない。
彼は、
ページを閉じた。
運用上の差異は、
記録されない。
問題が起きていないからだ。
それでよかった。




