第7話『文面を整える前に』
その日は、委員会の予定が少しだけずれていた。
直前まで使われていた教室が、
思ったより片付いていなかったからだ。
待ち時間が生まれる。
誰かが雑談を始め、
誰かがスマートフォンを見る。
彼は、机の端に置かれた用紙を眺めていた。
まだ記入はされていない。
白紙に近い。
「あとでまとめて書くんですよね」
隣に座っていた委員が、
確認するように言った。
彼は頷いた。
まとめて書く方が、
文面が揃いやすい。
実際、その方が問題は起きにくい。
委員会が始まり、
いつもより少しだけ急ぎ足で処理が進む。
内容は、どれも軽い。
だが、数が多い。
一件ずつ書いていくと、
文面の癖が出やすくなる。
それを避けるため、
要点だけをメモしておく。
彼は、
経過を短く箇条書きにした。
あとで、文章に直す。
整えるのは、最後だ。
特記事項の欄は、
まだ見ない。
全ての事例が一通り出揃ったところで、
まとめ作業に入る。
彼は最初の用紙を手に取る。
箇条書きにした内容を、
文章に直していく。
文面は、
これまで何度も使ってきた形だった。
語順も、言い回しも、
ほとんど変えない。
二枚目。
三枚目。
流れは安定している。
四枚目を手に取ったとき、
彼の指が、
一瞬だけ止まった。
箇条書きの中に、
一つだけ、
言葉になりきっていない行があった。
意味は分かる。
状況も思い出せる。
だが、そのまま文章にすると、
少しだけ長くなる。
削ろうと思えば削れる。
残そうと思えば残せる。
どちらでも問題は起きない。
彼は、
文面を整える前に、
一度だけ考えた。
この一行を残す必要があるか。
考えているうちに、
具体的な言葉が浮かびかける。
だが、形になる前に、
別の判断が先に出る。
前例がある。
同様の事例として処理できる。
そう判断した瞬間、
浮かびかけていた言葉は消えた。
彼は、
その行を削除した。
文章は短くなる。
意味は変わらない。
特記事項の欄は、
今回も空白のままだった。
作業が終わり、
用紙をトレーに戻す。
誰かが言った。
「文面、きれいですね」
評価というより、
確認に近い言い方だった。
彼は、
「前と同じです」と答えた。
それで十分だった。
委員会が終わり、
外に出る。
廊下の掲示板に、
新しい紙が貼られている。
注意喚起の文面だ。
彼はそれを読む。
内容は、
さきほど削除した一行と、
よく似ていた。
だが、気にしない。
掲示板の文面は、
別の人間が整えたものだ。
帰宅後、
机に向かう。
ノートを開く。
何かを書こうとする。
だが、
文面を整える前に、
手が止まる。
書きたいことが、
はっきりしない。
代わりに、
ノートを閉じる。
その判断に、
迷いはなかった。
書かなかったことで、
何かが欠けた感覚もない。
ただ、
何も起きなかった。
それでよかった。




