第6話『前例あり』
その日の委員会は、開始前から結論が見えていた。
集まった用紙の厚みが、それを示している。
重なり方が均一で、角も揃っている。
荒れていない。
彼は席に着き、
一番上の用紙を取った。
目を通す前に、
どこに結論が落ち着くかが分かる。
実際、読んでみても予想は外れなかった。
前例がある。
それだけで、処理の大半は終わる。
内容は、些細な行き違いだった。
当事者同士で既に話し合いは済んでいる。
感情的な表現も残っていない。
以前にも、同じ種類の事例があった。
時期も、状況も、ほぼ同じ。
彼は、過去の記録を思い出す。
具体的な文面ではない。
分類と結論だけが、
整理された形で浮かぶ。
前例あり。
対応不要。
それを、そのまま用紙に反映する。
ペンを動かす速度は一定だ。
考える時間はほとんどない。
次の用紙も、
その次の用紙も、
似た流れだった。
違いは、登場人物と場所だけ。
構造は変わらない。
誰かが、途中で口を開いた。
「これ、前と似てますよね」
確認のための発言だった。
疑問ではない。
彼は顔を上げずに答える。
「前例ありで」
それで十分だった。
顧問は来なかった。
だが、誰も不安にはならない。
判断は共有されている。
作業は滞りなく進み、
予定していた時間より早く終わった。
委員会室を出るとき、
彼は一瞬だけ、
何も考えていないことに気づいた。
判断はしている。
だが、選択している感覚がない。
それでも、間違いではない。
帰り道、
掲示板を開く。
新しい書き込みが増えている。
どれも、断片的だ。
感情的な言葉も混じっている。
だが、分類は可能だった。
前例あり。
経過観察。
対応不要。
画面を閉じる。
家に着き、
机の前に座る。
メモ帳を取り出す。
ページをめくる。
何も書かれていない。
消した跡だけが、薄く残っている。
彼は、それを見て、
少しだけ指を止めた。
書こうと思えば書ける。
だが、書く必要があるかどうかは、
すぐに判断できた。
前例がある。
似たことは、すでに起きている。
特別ではない。
彼はメモ帳を閉じ、
元の場所に戻した。
引き出しを閉める音が、
小さく響く。
明日も委員会はある。
同じような事例が出るだろう。
その場合も、
同じように処理される。
それが、正しい運用だった。
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