第5話『対応不要と判断』
その日は、最初から少しだけ忙しかった。
委員会の開始時刻より前に、
いくつかの連絡がまとめて入っていた。
内容はいずれも軽微だった。
緊急性はない。
だが、重なると処理に時間がかかる。
彼は用紙を手に取り、
順番を整理する。
どれから手を付けるかを考える必要はない。
既に優先順位は決まっている。
最初の事例は、
授業中の私語に関するものだった。
注意は行われ、
当事者も納得している。
次の事例は、
掲示物の扱いについて。
手順の確認で済む。
三つ目の用紙を見たとき、
彼の視線が、ほんの少しだけ留まった。
内容は、これまでにも何度か見てきたものだった。
ただ、書かれている文面が、
いつもより短い。
必要最低限。
だが、削りすぎているようにも見える。
彼は、経過欄を読み返す。
事実関係に誤りはない。
主観的な表現もない。
それでも、
どこかに余白が残っている。
特記事項の欄は、空白だった。
彼は、そこでペンを置いた。
書くことがない、とは言い切れない。
だが、書いたところで
状況が変わるとも思えなかった。
すでに注意は行われている。
再発の可能性も低い。
関係者の理解も得られている。
対応不要と判断できる。
その判断は、
これまで何度もしてきたものだ。
特別な決断ではない。
彼は、
用紙の端に小さく印を付ける。
内部処理用の目印だ。
誰かが、
「これ、どうします?」と聞いた。
彼は用紙を示しながら、
短く答える。
「対応不要で」
声の調子は変わらない。
説明も付け加えない。
相手は頷き、
それ以上は聞かなかった。
顧問は来ていない。
だが、この判断が覆ることはない。
会が進み、
残りの事例も次々と処理されていく。
どれも、問題なく終わる。
その間、
彼の意識は、
さきほどの空白に戻りそうになる。
だが、戻らない。
戻す必要がない。
全ての用紙がトレーに収まり、
机の上が片付く。
委員会は、
予定より少し早く終わった。
廊下に出ると、
空気が軽い。
誰かが、解放感のようなものを口にする。
彼は、何も言わない。
帰り道、
スマートフォンを開く。
掲示板に、新しい書き込みが増えている。
今日の事例に、
かすかに触れているものがあった。
だが、断定的ではない。
噂の段階だ。
処理対象にはならない。
画面を閉じる。
家に着き、
鞄を置く。
机の引き出しを開ける。
奥にしまったメモ帳が、
視界の端に入る。
取り出さない。
代わりに、
何も書かれていないノートを開く。
一ページだけ、眺める。
白いままだ。
彼はそれを閉じ、
引き出しを戻した。
今日の判断は正しかった。
対応は不要だった。
そう結論づけて、
その日のことを終わらせる。
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