第3話『私物につき対象外』
朝の教室は、まだ整いきっていなかった。
椅子の向きが揃っていない。
机の上に、教科書以外のものが残っている。
誰も気にしていない。
担任が来るまでには、自然に片付く。
彼は自分の席に座り、
机の中から必要なものだけを取り出した。
筆記用具。
ノート。
それ以外は、そのまま残す。
チャイムが鳴るまで、少し時間がある。
周囲では、短い会話がいくつも途切れては始まっている。
内容は聞こえるが、意味までは拾わない。
彼は、鞄の横ポケットに入っていたものに気づいた。
昨日、使わなかったメモ帳だ。
紙の端が、少しだけ折れている。
取り出した記憶はない。
だが、入れた覚えがないわけでもなかった。
ページを開く。
何も書かれていない。
正確には、何も残っていない。
薄く、消した跡がある。
力を入れて書いた文字ではない。
指でなぞると、わずかな凹凸が分かる。
彼はそれを見て、
すぐに閉じた。
私物だ。
委員会の対象ではない。
授業が始まり、
ノートに板書を書き写す。
内容は理解できる。
特に引っかかるところはない。
途中で、隣の席の生徒が
消しゴムを落とした。
彼は拾って渡す。
「ありがとう」と言われる。
それで終わりだ。
小さな行動。
記録する必要はない。
昼休み、
委員会とは関係のない話題が飛び交う。
彼は聞いているだけだった。
誰かが冗談を言い、
誰かが笑う。
少し遅れて、また別の話題になる。
その流れの中で、
彼の名前が一度だけ出た。
すぐに、別の話に上書きされる。
反応するほどのことではない。
放課後、
委員会室へ向かう。
今日の用紙は、新しい形式だった。
項目が一つ増えている。
備考、という欄だ。
彼は内容を確認し、
前例を思い出す。
備考欄は、
必要なときだけ使えばいい。
そう説明されていた。
今回の事例は、
備考を書くほどのものではない。
特記事項も、同様だ。
彼は必要な部分だけを書き、
残りを空白のままにした。
処理は適切だった。
委員会室を出るとき、
ポケットの中のメモ帳が
少しだけ気になった。
だが、取り出さない。
それは私物だ。
対象外。
帰宅後、
机の引き出しにメモ帳を入れる。
奥の方に押し込む。
鍵は掛けない。
隠すほどのものではない。
夕食の時間まで、
彼は何もせずに過ごした。
画面も開かない。
音楽も流さない。
静かだった。
それで問題はなかった。
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