第13話『それでも、記録は増えない』
年度の終わりが近づいていた。
校内には、
少しだけ浮ついた空気がある。
進級。
クラス替え。
形式的な区切り。
だが、
委員会室の中は変わらない。
机の配置も、
用紙の形式も、
トレーの位置も。
彼は、
いつもの席に座る。
今年度の記録ファイルが、
棚に追加されている。
背表紙には、
太字でこう書かれていた。
「特記事項なし」
それは、
最良の結果だ。
問題が起きなかった。
介入も不要だった。
誰も傷つかなかった。
制度は、
正しく機能した。
彼は、
そのことを理解している。
理解しているからこそ、
確認する。
ファイルの中身を。
ページをめくる。
日付。
分類。
処理結果。
どのページにも、
余計な記述はない。
空白が多い。
だが、
未記入ではない。
処理済み、
という意味での空白だ。
彼は、
最後のページを見る。
そこにも、
何も書かれていない。
今年度、
新たな前例は生まれなかった。
それは、
安定の証拠だ。
顧問が言う。
「いい一年だったね」
評価というより、
総括に近い。
彼は、
返事をする。
「特に問題はありませんでした」
事実だ。
誇張も、
省略もない。
放課後、
委員会は解散する。
次年度の引き継ぎは、
簡単でいい。
特筆すべきことがないから。
彼は、
机の引き出しを開ける。
中に、
一冊のノートが入っている。
個人的なものだ。
提出用ではない。
彼は、
それを取り出す。
ページをめくる。
ほとんどが白紙だ。
いくつか、
途中で止まった行がある。
文章になっていない。
言葉になる前で、
終わっている。
彼は、
それらを読み返さない。
読む必要がない。
提出されなかった記録は、
存在しないのと同じだ。
ノートを閉じ、
鞄に入れる。
校舎を出る。
夕方の空気は、
少しだけ冷たい。
校門の前で、
振り返る。
特別な感情はない。
達成感も、
喪失感も。
ただ、
一年が終わった。
問題なく。
スマートフォンが震える。
委員会のグループから、
最後の通知。
《今年度の活動は終了しました
お疲れさまでした》
彼は、
通知を消す。
返信はしない。
それで、
すべてが完了する。
歩き出す。
来年度も、
同じように続くだろう。
記録は増えない。
問題も起きない。
それが、
正しい状態だから。
彼は、
そう判断している。
その判断の中に、
使われなかった何かが
残っていることを、
彼自身、
確認しないまま。




