第12話『想定外ではない』
想定外、という言葉は
ほとんど使われない。
この学校では、
起こりうることは
だいたい想定されている。
たとえ具体的な事例がなくても、
「その程度ならあり得る」という枠がある。
彼は、
委員会の共有フォルダを開く。
新しい資料が一つ追加されていた。
タイトルは、
《軽微事案 想定一覧(更新)》。
一覧と呼ぶほどの量ではない。
短い箇条書きが並んでいる。
・一時的な不満表明
・誤解に基づく対人摩擦
・自覚のない偏り
・特定に至らない違和感
どれも、
過去に一度は見た表現だ。
新しい項目はない。
ただ、
並び順が少し変わっている。
それだけで、
更新とされる。
彼は、
特に何も感じない。
感じる必要がない。
想定内だからだ。
昼休み、
クラスの空気が少しだけ重い。
誰かが何かを言ったわけではない。
笑い声もある。
だが、
会話の切れ目が多い。
それも、
よくあることだ。
季節の変わり目。
行事前。
疲労。
想定内。
彼は、
席を立ち、
購買に向かう。
途中、
掲示板を覗く。
書き込みは少ない。
だが、
消されてもいない。
管理側が介入するほどではない。
放置が最適。
それも、
想定内の対応だ。
放課後、
委員会室に寄る。
顧問が珍しく来ていた。
「特に問題はなさそうだね」
彼は、
うなずく。
言葉を足す必要はない。
「最近、安定してるから」
それは評価ではなく、
確認に近い。
確認も、
もう済んでいる。
想定外ではない。
彼は、
机に向かう。
用紙は白い。
だが、
白いこと自体が異常ではない。
記入欄が空白のままなのは、
処理が完了している証拠だ。
家に帰り、
机に向かう。
ノートを開く。
同じ白さ。
書くことはない。
だが、
閉じるのが少し遅れる。
想定外ではないはずの何かが、
ページの端に
薄く引っかかっている。
彼は、
指でその部分をなぞる。
何も書かれていない。
触感も変わらない。
それでも、
なぞってしまう。
想定外ではない。
そう判断して、
ページを閉じた。




