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第11話『問題は再現しない』


前に起きたことは、

記録には残っていない。


起きた、という表現も正確ではない。

発生しかけた、

あるいは、

発生条件が一瞬そろっただけ。


だが、

処理は不要と判断された。


結果として、

問題は存在しなかったことになる。


委員会室の棚には、

年度別のファイルが並んでいる。


背表紙には、

簡単な分類と日付。


彼は、その中の一冊を手に取る。


去年の同じ時期。

似たような相談。

似たような状況。


だが、

結果欄にはこう書かれている。


「再発なし」


それだけだ。


理由は書かれていない。

分析もない。

考察も不要だったのだろう。


再現しなかった。

それが、

すべての結論だった。


彼はページを閉じる。


再現しない問題は、

問題として扱われない。


それは制度の基本だ。


授業中、

後ろの席で小さな物音がした。


消しゴムが落ちただけだ。


誰も振り返らない。

教師も反応しない。


再現性がない。


一度きりのことは、

前例にならない。


彼は、

黒板を見る。


板書は続いている。

流れは途切れない。


放課後、

掲示板に短い書き込みがあった。


「最近、静かすぎない?」


すぐに別の書き込みが続く。


「平和でいいじゃん」

「問題ないならいいでしょ」


流れは止まる。

議論にはならない。


再現しない疑問は、

疑問のまま終わる。


彼は、

画面を閉じる。


返信もしない。

スクリーンショットも撮らない。


記録に残すほどの

内容ではない。


委員会の共有ログにも、

何も書かれない。


顧問からの連絡もない。


問題が再現していないからだ。


帰宅後、

彼は机に向かう。


ノートを開く。

以前、途中で閉じたページ。


そこに、

何かを書こうとしていた痕跡はある。


薄い筆圧の跡。

文字になる前の、

ためらい。


彼は、

その上から何も書かない。


再現しないものを、

記録する理由はない。


そう判断する。


ページを閉じると、

ためらいの跡も、

見えなくなる。


問題は、

再現しなかった。


だから、

存在しなかった。


彼は、

それを正しい処理だと

理解している。


理解しているはずだった。


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