救済1 野球スタジアム爆破計画 その4
「ここだね」
古賀が、すでに天井に吊るされて、スタジアムに正しく設置されている電光掲示板を見ていう。
野球マンが作業しやすいように、電光掲示板は下がっていたが、彼が帰ったと同時に電光掲示板は上がったのだ。
古賀が、ノートパソコンを操作して確認している。この爆弾は真白信者《マンション管理会社の人たち》が作成したも同義なので、Wi-Fiで遠隔操作できるようになっている。
ちなみに、これはAIチャットで指示した作り方ではなくて、山田オリジナルである。
「お・・・っと?」
古賀が、ノートパソコンを操作する手が止まった。彼の不穏な声音に、山田は緊迫した。
「古賀・・・どうした?」
「256個の爆弾のいくつかが、スイッチ押されてないみたいだね。遠隔でオンにできないか試してみる」
古賀はそういうと、スタジアムの観客席の一つに腰掛け、太ももを机の代わりにノートパソコンで作業を始めた。
山田は苛立ちを覚えたが、表に出してもしょうがないので、爆弾設置場所を観察して平静を保つことにした。
古賀が軽快なタイピング音を鳴らしていた。余裕があるのか、彼が思ったことが口から出ていた。
「それにしても・・・電光掲示板に時限爆弾・・・どっかで聞いたことある話だね〜・・・?」
山田は彼のその呟きが、池に落とされた小石のように波紋を呼び、古い記憶が呼び覚まされた。
「ア!!!!?」
そして、今まで、それに気付かなかった山田は、己のアホさ加減に苛立ちを覚えた。
「〜ッ・・・何人目のストライカーだよ!」
「ここは、野球場だから、10人目のバッターになるのかな?」
古賀は山田の叫びに、笑いながらも、ノートパソコンを操作する手は止めないでいる。解析が終了した通知音に反応し、画面を見る。
「う〜ん・・・?256個仕掛けられている爆弾のうち、何個かがスイッチが押されていないね」
「まじか。直せそうか?」
「ちょっとやってみる」
古賀は、先ほどの軽快なタイピング音を倍速にし、キーボードを弾いているようだった。しばらくすると、タッチパッドを指で操作し始めた。その表情は険しい。
「遠隔操作で、直せないのが42個あるね。・・・山田さん、直接押してきてくれない?」
「いやだよ!!!」
古賀は笑顔で言うが、言っているこの難易度を考えると、山田が拒否する気持ちに同情せざるおえない。
彼は、電光掲示板周りの複雑で、細く丸い鉄の上を命綱なしで渡りきり、電光掲示板の裏にジャンプで飛び乗り、手動で時限爆弾のボタンを押して欲しいと言っているのだ。
「あやとりの橋みたいに複雑で、ほっそい鉄の丸い棒を渡れってか!?残りの爆弾でも十分威力は出るだろう!?」
山田は古賀に抗議する。古賀は、冷静に山田を見つめている。
「えー、いいの?あれ真白信者《マンションの管理会社の人たち》が、一生懸命作ったんじゃないの?無駄にしていいの?」
その言葉に呼応するように、山田の脳裏が思い起こされる。
『山田さん〜!これって、どうしたらいいんですか?』
『僕、技術の授業好きだったんで、この作業楽しいです!』
『山田さんのおかげで、爆弾ができました!ありがとうございます!』
爆弾制作時のしょうもない記憶は、さらに彼の苛立ちを爆発させるものだった。
「クソが!!!ちゃんとスイッチ押しとけや!!!」
山田はその怒りをバネに、電光掲示板がかかっている壁まで走る。
FBI仕込みのパルクールと、長い脚から繰り出されるエネルギーは、壁を蹴り上げ、電光掲示板を支える柱に足をかけるのに成功した。
「おぉ〜!すごい〜!」
山田の下から、古賀の呑気な声がする。山田は古賀に向かって中指を立てた。古賀は気にせず、大きな声をあげる。
「スイッチ押せてない爆弾の場所は固まってるから、そこまで行けば大丈夫です〜!」
古賀の指さす方向を確認すると、山田は、バランスを取りながら立ち上がる。
狙うポイントは山田から見て、電光掲示板の斜め左上、この片足程度の幅で助走をしながら飛び移って届くかどうかである。
山田は、深呼吸してから走り出す。最適なタイミングで足に力を込めて、足場を蹴る。
「いっけぇえええ!!」
山田は、どこかの小さな探偵みたいに叫んでいた。
…
野球マンが、起爆スイッチを押し忘れたせいで、当初の予定より長い時間、いることになった山田と古賀のふたり。
真白信者の警備員たちの誘導のおかげで、一般警備員に鉢合わせることなく、脱出できた。
古賀も顔には出ていないが、疲労感が漂っている。山田が手動で押した爆弾の最終調整を、猛スピードで行ったので、頭が疲れているのだろう。
ふたりは何も言わずに、それぞれの寝所へ帰った。日付はすでに、時限爆弾が爆発する12時間前を切っていた。
…
ー真白の天啓から47日後ー
ースタジアム爆破当日ー
山田は、朝11時からスタジアムの周辺にいた。彼は携帯を取り出すと、通話アプリで古賀にチャットを送った。
『今どこだ?』
1-2分待つと通知がなった。古賀から返信が来たこと思い、通話アプリを見返すとやはり彼からだった。
『2つ手前の駅です。もうすぐ着きます」
山田は古賀のメッセージを確認すると、携帯をしまった。10分ほど待つと、古賀が小走りで駅の改札から走ってくる。
「お待たせしました〜」
古賀が人当たりの良い笑顔を山田に向けると、彼は構わないと言った態度で、スタジアムに向けて歩き出す。
犯罪の失敗は、彼らの死と同義である。なので、彼らは犯罪が滞りなく行われているか、確認するためにやってきたのだ。
スタジアムまでの足取りが、地獄への入り口となるまで、あと4時間を切っていた。
…
ースタジアム爆破まで1時間ー
スタジアムが割れんばかりの歓声。けたたましい太鼓の音。それを縫うようにビールの売子が観客席の波に乗る。
試合は局面を迎えていた。7回表、2対1、2死3塁。野球マンが復讐したい相手がいるチームが1点を追う展開だ。
「局面としては、激アツだな」
山田は、会場の雰囲気とは真逆の態度をとっていた。観客席からはなれ、壁に寄りかかり、試合を見ている。
「そんな冷めた態度だと違和感ですよ〜?応援しないと」
山田を非難する古賀は、チームのユニフォームTシャツに身を包んでいる。よりによって、野球マンが復讐したいチームのものだ。
野球マンが仕掛けた時限爆弾が作動するまで57分。山田は古賀に目線で合図を送る。古賀は、それを見るや否やノートパソコンを取り出し、爆弾が正常か最終確認をとっていた。
不意に古賀の手が止まった。
「どうした?・・・古賀?」
いつも飄々とした態度の古賀だが、顔色がみるみる青白くなっていった。冷や汗も出ており、目も泳いでいる。
古賀は、震える手を口に当てて、冷静を保とうとしている。
「爆弾は・・・起動しない・・・」
その蚊ほどの音量でつぶやいた言葉は、このスタジアムの熱量よりも、ハッキリと山田の耳に届いたのだ。
「は・・・?」




