救済1 野球スタジアム爆破計画 その1
※本作はフィクションです。犯罪を推奨・擁護する意図はありません。
本作は「素人犯人のずさんな犯罪計画を、プロが必死に成功させる話」です。
シリアスとギャグ、時々暴力がありますので、その点をご理解の上、お楽しみください。
巨大なコンクリートでできたビルが、騒がしい非常ベルの音とともに崩れ落ちる音がした。
同時に連続する爆発音、喉が焼けるような暑さ。鼻につくガソリンの匂い。
(あぁ〜・・・失敗した・・・)
FBIの工作員である山田ブルースは、コンクリートでできた床に横たわっていた。腹部からは出血し脚は反対方向に捻じ曲がっている。山田の意識は朦朧としていた。
(下半身の感覚がねぇ・・・こりゃ終わったな・・・)
山田は今までの人生が、脳裏を駆け抜けていた。いわゆる走馬灯というモノである。
そんな中、この喧騒をものともしないような優雅な足跡が、山田の側で止まった。
「あなた・・・聞こえています?」
山田は、途絶えそうな意識の中、やっとの思いで声のする方を見る。
純白の白いセーラー服に、白く長い髪が山田の鼻先にかかってきている。
白い日傘を指していて、顔がよく見えない。声だけで、辛うじて女性だと判別できる。山田はその女を睨む。
「てめぇ・・・誰だ?」
掠れた声で山田は問う。白い女の口元が笑った気がした。
「あなたの都合のいいように」
山田は、死に際に天使の妄想でも、見てしまっているのだと思った。
「・・・天使様が、俺になんのようだ」
意識も絶え絶えの中、“天使”に質問する。天使は答える。
「あなたを助けに来ました。私の《《犬》》となるのなら、助けましょう」
そういうと、彼女は山田に手を差し伸べた。山田は迷わなかった。彼には生きなければならない理由がある。妹の病気を治すために。
山田は、血が流れ過ぎて力が出ない手を必死に動かし、天使の手を掴む。
「ハァ・・・ヒューッ・・・犬でもなんでもなってやるよ・・・!!!」
最後の力で天使に叫ぶと、そこで山田の視界は途絶えた。
…
ー2年後ー
ー日本ー
東京の中心地“ニュー宿”、そのカラオケ店の前に山田はいた。
彼はめんどくさそうに、後頭部を数回書くと意を決したように、カラオケ店の中に入って行った。
受付に連れが先にいることを伝えて、指定の部屋に入る。そこには、ニュー宿でよくいるタイプのカップルと、そのカップルの雰囲気に似つかない黒いスーツを着た男が立っていた。
黒いスーツの男は、黒井烏。山田は絶対に偽名だと思っているが、深く突っ込んでも無駄だと、この2年で学んでいる。
山田は黒井を睨みつける。
「なんだよ。今日は俺だけか?」
黒井は、俺の睨みなんか気にしないと言った態度をとっている。
「いいえ、古賀さんも来ていますよ。ちょっとお手洗いに行っていますがね」
黒井がそう説明したので、俺は椅子にドカッと座る。しばらくすると、古賀が入室してきた。
「おや、山田さん。お疲れ様です」
古賀は、山田を見るとニコリと人のいい笑顔を向けて挨拶した。山田は、短く挨拶を返す。古賀が席についた瞬間。
黒井がそのモデルのように、長い手を横に広げた。
「では!!!諸君らに、“真白”様の天啓を伝える!」
山田と古賀は、静かに黒井の言葉を待つ。黒井は、先ほどの冷静な態度から、舞台役者のように振る舞い始めた。
「我々が導くのはこの男!!」
黒井は山田たちに、写真を投げる。写真に写る人物は、20代後半か30代前半の男性。
スポーツをしているのか、身体は健康的である。第一印象としては、爽やかなスポーツマンと答える人が大半だろう。
黒井は、山田たちが写真を見たのを確認すると、拳を握った。
「この男・・・!なんとも悲惨な人生を歩んでいた!なんと、大好きな野球に人生を奪われたのだ!」
黒井は膝から崩れ落ちる。まるで、写真の男の心情を表すように。
「野球が原因で、肩を壊してしまった!それだけならまだしも!現役時代にたまたま会って、野球の指導をしていた心臓病持ちの男の子が!野球のサポーターの手によって、命を奪われてしまったのだ!」
黒井の目には涙が溜まっている。しかし、その表情は怨みを帯びている。
「理由は自分が肩を壊す原因となったバッターが、デットボールを喰らってしまい、軽傷だったが救急車に乗った!しかし、そこにその男の子が乗った救急車が!」
黒井の目から涙が溢れる。そして膝からゆっくり立ち上がる。
「野球のサポーターたちは、バッターが軽傷だと知らず、その男の子の救急車の進路を妨害し!そのバッターの救急車を先に通すように誘導したのだ・・・!」
山田は、野球のサポーターたちは、救急車進路妨害で犯罪してんじゃねーか、警察何してんだと心の中で思った。
しかし、口を出すと、黒井の暗器が飛んでくるのを、この2年で学んでいるので、静かにしている。
古賀も、観劇を見るかのように、楽しんでいる様子だ。
黒井は山田の冷ややかな視線を無視し、続ける。
「その結果、男の子は命を失ってしまった・・・。男は誓った!自分を慕ってくれた男の子の命を奪った、サポーターとバッターに復讐すると!」
黒井の演技に熱が入る。マイクを使っていないのに、室内の声が響く。
「それを天から見られていた“真白”様は、酷く感銘し!《《救いの手を差し伸べる》》ご決断をされたのです!!!」
パチパチパチパチパチパチ
黒井の演劇(?)が終わると同時に、彼の声量に負けないぐらいの拍手をカップルがした。このカップルは、《《真白の信者》》である。
(このカップル、黒井の話で泣いてる・・・)
カップルは、涙を流し、真白の行動を讃える。
「やはり真白様は素晴らしい・・・」
「この世の救世主よ・・・」
黒井はカップルを優しく抱きしめる。
「あなた方の真白様を思う気持ちは、真白様にしかと伝わっております。アプリを見なさい」
そう言われ、カップルは携帯を取り出し、アプリを確認すると、その表情は歓喜に一変した。
「ポイントが貯まっている!!!」
「あぁ・・・真白様!!!」
女の方は、天を仰ぎ真白に祈っている。
(真白は、まだ生きてるっつーの)
山田は冷めた目で見ていた。信者たちは、こうやってポイントを集めると、真白と話す権利と交換できるそうだ。
信者たちは真白と話すため、真白のために善行を行う。結果的に、山田たちの活動に協力しているのだ。
黒井たちのやりとりが、ひと段落したタイミングで、古賀が小さく挙手をした。
「じゃあ、僕たちは、いつものように、この男に気取られることなく、犯罪を遂行させてあげればいいの?」
黒井は、先ほどの熱演はどこへやら、いつもの鉄仮面に戻り、崩れたスーツを戻した。
「はい。そうです。真白様の犬として、頑張ってくださいね」
(めんどくせぇ〜)
山田は天を仰いだ。真白に恨みを込めて。
その思いは届くはずもなく、カラオケのチカチカした赤と緑の照明が、交互に変わっていくのだった。
…
黒井たちと解散した後、近くのカフェに移動した山田と古賀。
古賀はノートパソコンをいじっている。山田はウインナーコーヒーを飲みながら、古賀の様子を見ている。
「その男は、一応プランみたいなのは、考えてんのか?」
山田は古賀に尋ねた。古賀はノートパソコンを操作する手は止めず、画面を見続けていた。
「うーん、一応考えてるっぽいよ。SNSや3ちゃんの投稿でも、それっぽいこと呟いてるし・・・」
(呟いてるだけで、復讐成功したら苦労しねぇわな)
山田は写真の男に、心の中で悪態をついた。古賀は、その様子をノートパソコンの画面と交互に見ていた。
「まぁ、呆れる気持ちもわかるよ。でも、仕事だからさ。・・・ちょっと動かしてみようか」
古賀のニコリとした笑みに、山田は少し畏怖しながらも、彼の話に耳を貸すのであった。
それは、SNSで鬱憤を募らせていた彼を、自発的に動かすには十分すぎる作戦だった。




