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イザン:血の継承  作者: Salhi smail


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87/110

章: 影の誓い

前書き


過去と未来の狭間で、

灰の下で呻く記憶と、

疑問の刃を抱く覚醒の間で、

血は忘却から目覚めへと旅を始める。

これは語られる物語ではない…

再び開かれる傷である。


第一幕:山小屋 - 夜明け前


頂に立つ山小屋。まだ闇の残る時間、ヤズンは外に出た。

岩庭で、キナンが型を練っている。その動きは、老いてなお流れるような凄みがあった。

ヤズンが息をのむと、キナンは動きを止めた。


キナン:「……早起きだな」

ヤズン:「(興奮して)おはようございます、キナンおじさん。今日こそ、父のことを…イラマザの真実を聞かせてください」

キナン:「……わかった。顔を洗ってこい。私も身を清めてから話そう」


第二幕:炉を隔てて


ヤズン:「イラマザ建国のその先が知りたい。父リースと、ハマンとの間に何が?」

キナン:「(深くため息)……お前が聞きたいのは、美談ではない。砕け散った鏡の破片のような話だ」

ヤズン:「どんな破片でも構いません!」

キナン:「(じっと見据えて)……覚悟はあるか? 今回の話は、お前がこれまでに触れたどんな傷よりも、深く鋭いかもしれん」


【回想:死の谷・戦いの後】


シャーミルが、岩に腰かけ空を見つめるリースに近づく。

シャーミル:「あんな大げんかの後で…笑っているのか?」

リース:「(空を見たまま、自嘲的に)ハマンが、俺の“決断”を気に入らなかっただけさ」

シャーミル:「“決断”? まさか…“闇の大地”へ再び挑むとか?」

リース:「(首を振る)…女を見つけた。結婚したい」


一瞬の間。

シャーミル:「はっ!? (笑い出しそうに)まさか、リースが? 冗談だろう!」


次の瞬間、シャーミルの笑みは凍りついた。眼前にリースの顔が迫り、その目は―戦場でさえ笑みを絶やさなかったその目が、今は絶対零度の鋼のように冷たく燃えていた。


リース:「(声は低く、しかし刃物のように)…それが“冗談”に聞こえるか?」

シャーミル:「わ、悪かった! 本当に悪かった!」


リースは背を向け、拳大の岩を握りしめる。力一杯、握り締める。

リース:「(歯を食いしばって)ハマン…てめえが俺の人生を決める権利がどこにある」

バキッ! 岩は粉々になった。


その背中に、シャーミルは見知らぬ“何か”を感じた。

シャーミル:「(慎重に)…その女性は、どの氏族の?」

リース:「氏族じゃない。ただの羊飼いの娘だ」

シャーミル:「なっ!?」

リース:「(鋭く振り返る)…お前も反対か?」

シャーミル:「違う! ただ…驚いただけだ。それに…(声を潜める)反対するのは、ハマンだけじゃない。全ての氏族が、平民との婚姻を…“血の汚れ”と見なす。たとえハルーン賢者が生きていても、この伝統には逆らえなかっただろう」


リース:「伝統だと? ふざけるな!」

シャーミル:「分っている! だがリース…(一歩近づき)考えてくれ。お前が守らなければならないのは、自分だけじゃない。帝国全体だ。そして…(真剣に)…その女性と、彼女の家族の安危もだ」


リースの動きが止まる。ゆっくりと、振り返る。目に、新たな炎―絶対に守り抜くという、恐怖と一体化した炎が灯った。


第三幕:影の間・極秘会議


松明の灯りだけが、石壁に九人の将軍たちの顔をゆらめかせる。

中央に立つハマンの姿は、揺るがぬ柱のようだ。


ハマン:「(冷たく滑るような声で)集まってもらった理由は一つ。最高指導者リースが、帝国の基盤を揺るがす“過ち”を犯そうとしている」

ざわめきが起こるが、ハマンの一瞥で沈黙に戻る。


ハマン:「平民との婚姻など、単なる恋愛事ではない。これは、九氏族が信じてきた“血統”への背信行為だ。我々の指導の正当性そのものへの挑戦である」


一人の将軍が口を開く。

将軍A:「しかし民衆の支持は―」

ハマン:「(指一本上げ、言葉を遮る)民衆に見せる“現実”と、我々が守るべき“現実”は別物だ。彼らが目にするものは、我々が許容する範囲でしかない」


一歩、前へ出る。壁に映る影が大きく伸びる。

ハマン:「故に、この会議は存在しない。ここで出る結論は、この場にすら残さぬ。リースにも、他の誰にも伝わることはない。諸君の名が記されることもない」


深く息を吸い、宣言する。

ハマン:「私は“策”を用意した。この問題を…帝国に傷一つ残さず処理するための」


そして、さらに声を落とし、一語一語を刻むように。

ハマン:「…仮に、それが失敗した場合。私は“第二の策”に移行する」

場の空気が凍りつく。誰もが、その“第二の策”の重さを想像せずにはいられない。


ハマン:「(静かに、しかし決然と)我々が守るのは、リース個人などではない。このイラマザという“器”だ。たとえ―」

少し間を置き、言い切る。

ハマン:「―その脅威が“器の中”から生まれたものであっても、だ」


重い沈黙。赤い一線が引かれた。越える者は、決して元の立場には戻れぬ。


第四幕:山小屋・現在


キナンの語りが終わり、最後の言葉―『第二の策』―だけが重く空中に残る。

ヤズンは無言のまま、頭の中で言葉を反芻していた。


ハマンの裏切り。極秘会議。“過ちを処理する策”。

だが、真実の全景は見えない。まるで鍵穴から覗き見た、歪な世界の一部でしかない。


ヤズン:「(声を絞り出すように)それで…? その“第二の策”は?」

キナンはゆっくりと首を振った。

キナン:「それは…明日の話だ。今夜はこれで十分だろう」

ヤズン:「でも! どうして―」

キナン:「(優しく、しかし断固として)歴史を消化するには時間がいる。お前の心が、今夜の話を受け止めるのに精一杯だろう」


立ち上がり、窓辺へ歩く。外はもう真っ暗だ。

キナン:「行きなさい、眠れ。明日…全てを話す。約束する」

ヤズンは反論しようとしたが、キナンの背中に、語り終えた男の疲れを見た。

無言でうなずき、自分の寝床へ向かった。


最終幕:記憶の炎


キナン一人、炉端に残る。火はもう消えかけている。

彼は灰の中に残る赤い炭を見つめながら、独り言をつぶやく。


キナン:「リース…ハマン…お前たちはどちらも正しかった。そして、どちらも間違っていた」

ポケットから古いペンダントを取り出す。中には、若きリースとハマンの肖像が。

キナン:「あの時、私には止める力がなかった。だが今…この子には、違う道を歩ませてやれるかもしれない」


窓の外で、狼の遠吠えが響く。悲しげな、長い叫び声。

それは、過去が現在に呼びかける声のように聞こえた。


火が最後の輝きを放ち、消える。

闇が小屋を包む。

しかしキナンは知っている―真実の炎は、一度灯されれば、もう消えることはないことを。


後書き


歴史は繰り返さない…

しかし、その教訓は、

聞く耳を持つ者にのみ

囁きかける。


次章:「第二の策」へ続く…


【第87章 終】



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