帝国学院ミラード・フェドス
訓練への道
第三チームは学園の門を出て、街の近くにある森へと向かった。
先頭を歩くのは教師のラカン。両手をポケットに入れ、落ち着いた表情で一歩一歩を進めていた。
その隣にはシグラン・ラザン。顎を上げ、傲慢さを隠そうともしない。
一歩後ろにマヤ・ハスミ。両手を背後で組み、沈黙のまま周囲を観察していた。
最後尾にはヤズン。落ち着かない面持ちで黙って歩き、仲間たちの様子を時折うかがう。
ラカンは横目でシグランを見やり、心の中でつぶやいた。
「ラザンの少年……相変わらず傲慢だな。やっかいな存在だ。」
次に視線をマヤに移す。
「ハスミの娘……賢くて素直そうだ。扱いやすい相手になるだろう。」
そして最後にヤズンへと目を向けた瞬間、昨夜の光景が脳裏に蘇る。
回想 ― 昨夜
学園長の執務室。教師のアルダ・ツシマ、アドナン・カグチ、そしてラカン・ヒカリが集まり、学園長、秘書のアマル、さらに審判や監督官らも同席していた。
目的は、生徒を「強者・中堅・弱者」に振り分け、均衡の取れたチームを作ることだった。
学園長が記録を取りながら言う。
「第三チームは……シグラン・ラザン(最強)。彼は途中で棄権したが、帝国の未来を担う逸材だ。
次にマヤ・ハスミ(中堅)。
そしてヤズン・ファドゥス(最弱)。」
全員がうなずき、名簿は確定された。
その後、夜道を歩くラカン。薄暗い街灯の下、ふと足を止める。
「……久しいな。“影の刃”よ。」
闇の中から現れたのはシャーメル。白髪が風に揺れ、その声は低く鋭い。
「頼みがある。」
ラカンは眉を上げる。
「頼みだと?お前が何かを求めるのは初めてだな。いつも決める側だったはずだろう。」
シャーメルは淡々と言葉を続けた。
「少年……ファドゥス。本当の名はヤズン。彼を頼む。……俺の代わりに。」
ラカンの顔に変化が走る。
「ヤズン?お前と彼の関係は……?」
振り返った瞬間、そこにはもう誰もいなかった。シャーメルは影とともに消えていた。
ラカンは小さく笑みを浮かべる。
「……礼すら残さず去るか。相変わらずだな。」
現在 ― 森の入口
ラカンは目を開き、再び前を向いて歩き出す。
「……ヤズン。お前の運命は想像以上に大きいようだな。俺が見届けてやろう。」 試験は二時間続いた。
最初に倒れたのはマヤだった。エネルギーを使い果たし、息を荒げながら地面に崩れ落ちる。
次に続いたのはシグラン。まだ強いと見せかけるように胸を張ったが、結局は膝をついた。
一方、イーザンは目を閉じたまま、まるで師のように動かずに立ち続けていた。
「時間だ!」
ラーカンの声が響く。
イーザンは静かに目を開け、ゆっくりと片足を下ろした。その顔に疲労の色は一切なかった。
マヤは驚愕の表情で彼を見つめる。
「どうして…疲れていないの?」
シグランは唇を噛みしめて悔しそうに吐き捨てる。
「ちくしょう…」
ラーカンはイーザンの肩に手を置き、微笑んだ。
「よくやったな、坊や。これで君たちは最初の実技試験を突破した。」
そして片手を振り上げ、楽しげに言った。
「ご褒美だ! 今日は俺のおごりで肉串を食べに行こう!」
「肉? やったー!」
マヤが歓声をあげて跳ねる。
イーザンは照れくさそうに微笑み、シグランは無表情のまま黙り込んでいた。
街の屋台で三人は肉串を頬張った。
その夜、ベッドに横たわったイーザンの胸には、久々に温かな感情が広がっていた。
「もう一人じゃない…仲間ができたんだ。」
翌朝。
イーザンは胸を高鳴らせながら目を覚まし、部屋を整えて急いで外に出た。
いつもの食堂に入り、テーブルに座って朝食を注文する。
待っていると、マヤが微笑みながら現れた。
「おはよう、イーザン。」
「マヤ…おはよう。」
彼女は彼の正面に腰を下ろす。
「よく眠れた?」
「うん。昨日の訓練は楽しかったよ。」
「私も。ところで…卵は好き?」
「好きだ。」
「私もよ。」
そう言って、マヤは皿を置き、彼の隣に腰を寄せた。
イーザンの鼓動は速くなった。信じられなかった。マヤがこんなに自然に隣に座っているなんて…。
その時、アミールが仲間を連れて現れ、嘲るように笑った。
「ここにいたか、落ちこぼれの第三班。」
マヤは眉をひそめてため息をついた。
「アミール…朝から邪魔しないで。あっちへ行って。」
だがアミールは顔を険しくしてさらに近づく。
しかし次の瞬間――背後から冷たい声が響いた。
「どけ。俺の前に立つな、下らない奴。」
振り向いたアミールの視線は、鋭いシグランの眼光に射抜かれた。
その場に凍りついたアミールは思わず後ずさりし、狼狽しながら吐き捨てる。
「ザラン一族の息子か…あの一族は大嫌いだ。」
そう言って立ち去っていった。
マヤはほっとして言った。
「ありがとう、シグラン。」
だが彼は顔を背け、冷たく答える。
「勘違いするな。お前たちのためじゃない。あいつが俺の前に立っていただけだ。鬱陶しい。」
イーザンは言葉を失い、ただその姿を見つめていた。三日目 – 騎士試験の告知
生徒たちは教室に座り、それぞれの席に腰を下ろしていた。
そのとき、カザミ・ナシム先生が静かな足取りで本を数冊抱えて入ってきた。
彼は一同を見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「皆… 大切な時が近づいている。Aランク騎士の試験が目前に迫っているのだ。
この試験には世界中の帝国から選ばれた精鋭の生徒たちが参加する。
成功すれば、学園内での評価だけでなく… 騎士としての位階も上がることになる。」
教室にざわめきが広がり、瞳は期待と興奮に燃え始めた。
カグチ・ライドは胸を張って言った。
「俺たちのチームは学園で一番だ。世界でも一番になる。誰も俺たちを止められない。」
リクザ・アミルが皮肉な笑みを浮かべた。
「夢を見るなよ、ライド。誰もが知っている。頂点に立つのはチーム2だ。俺たちの力はお前たちとは比べ物にならない。」
二人の言い争いが激しくなり、教室の空気が爆発しそうになったとき、ナシムの鋭い声が響いた。
「静かに!」
場は一瞬で凍りついた。だが、そこへ第三チームのシグランが不遜な口調で言い放った。
「お前たちは全員、道化にすぎない。頂点に立つのは俺たちだ。」
ライドとアミルは怒りを爆発させかけたが、ナシムが再び制した。
「もういい。勝負は言葉ではなく、試験で決まる。」
後方で黙って聞いていたヤズンの胸は高鳴っていた。
「大きな挑戦が俺を待っている… 絶対に期待を裏切れない。」
その時、マヤが手を挙げ、真剣な声で尋ねた。
「先生… この試験の内容は?どうすれば実力を証明できるのですか?」
ナシムは微笑んで答えた。
「いい質問だ、マヤ。聞くだけでは足りない。好奇心と理解こそが力の始まりだ。」
彼は一歩前に出て説明を始めた。
「試験は知恵、速さ、そしてチームワークを問うものだ。各チームには固有の番号が記されたカードが与えられる。
そして、そのカードと対になるものが敵チームの手に渡る。任務は三つ。
一つ、与えられたカードを守り抜くこと。
二つ、敵が持つ自分たちのカードを奪うこと。
三つ、その二枚を持ってゴールの塔に到達すること。
これを成し遂げた時のみ、合格と見なされる。」
緊張が教室を覆い、生徒たちは互いに視線を交わした。
興奮で目を輝かせる者、不安の影を浮かべる者――反応はさまざまだった。
ナシムは締めくくった。
「覚えておけ。これはただの速さを競う試験ではない。知恵、力、忍耐――それを兼ね備えた者が勝者となる。」
東の森 – 各チームの訓練
第一チーム – ツシマ・アルダ教官
アルダは三人の生徒を前に立ち、熱意に満ちた声を上げた。
「さあ、力を見せてみろ。」
カグチ・ライドが最初に進み出ると、拳を炎で包み、大岩へ叩き込んだ。
轟音と共に岩は深く抉られ、煙が立ち昇った。
次にユキナラ・ワエルが冷静に手を掲げ、氷の槍を形作り、岩を貫いた。
氷は砕けながらも岩に深い亀裂を残した。
最後にカザミ・アスマが軽やかに宙を舞い、風を操って小さな嵐を生み出す。
嵐は木々の葉を巻き込み、岩肌を切り裂いた。
アルダは満足げに拍手した。
「見事だ。私たちは今や学園一番のチームだ。明日は世界でも一番になる。」
第二チーム – カグチ・アドナン教官
アドナンは傲慢な笑みを浮かべ、生徒たちに命じた。
「証明してみせろ。お前たちが最強だということを。」
リクザ・アミルが手を振ると、稲妻が走り、巨木の幹を真っ二つにした。
続いてヒカリ・ナダが光の矢を放ち、別の大木を貫き、眩しい閃光を辺りに反射させた。
そして最後にコラミ・アナスが静かに指を掲げると、地面に影が伸び、それが剣となって木を音もなく切り裂いた。
生徒たちは息を呑み、アミルでさえ動揺を隠せなかった。
アドナンは誇らしげに言った。
「違いが分かるだろう。我々はただのチームではない。学園の精鋭だ。」
第三チーム – ラカン教官
ラカンは気怠げな眼差しで生徒たちを見つめ、静かに言った。
「では… それぞれが持てる力を、この木にぶつけてみろ。」
シグランは青い炎を放ち、木を瞬く間に灰に変えた。
ラカンは眉を僅かに上げ、心中で呟いた。
「この年でこれほどの力を… 厳しい鍛錬の結果か。」
マヤは水の矢を放ったが、次の瞬間、想像力を働かせて水の球を生み出し、岩に大きな穴を穿った。
ラカンは微笑んだ。
「素晴らしい。秩序立った力と豊かな想像力だ。」
最後にヤズンが挑んだ。だが、力は現れず、拳を血だらけにして倒れ込んだ。
ラカンは彼を介抱しつつ静かに告げた。
「今日はここまでだ。」
しかし後にラカンが戻ると、岩の裏側に亀裂が走っていた。
「…あの一撃でこれか。力は確かに眠っている。鍛えるのは容易ではないな。」
皇帝の間 – シャーメルの辞任
七つ目の椅子は空のまま、将軍たちは不安げに視線を交わしていた。
そのとき、大扉が開き、黒衣を纏ったシャーメルが現れた。
彼は帝国の皇帝スカ・ティノの前に進み出て、冷たい声で告げた。
「陛下… 将軍たちよ。私は本日をもって、クラミ一族の将軍職を正式に辞する。」
衝撃が広間を走った。
「何を言っている!」とライデンが叫び、ガンロは拳で卓を叩いた。
だがシャーメルは動じなかった。
「これは一族全体の決定だ。新たな時代には新たな顔が必要だ。」
そして扉を開け、新たな後継者を示した。
漆黒の瞳を持つ青年が現れ、影のように立った。
皇帝はしばらく沈黙した後、重々しく言った。
「これがクラミの選択であるならば、受け入れよう。」
シャーメルは最後に一瞥を残し、静かに去って行った。
その背に、不気味な沈黙が漂った。
ラカンの試験
翌日、ラカンは弟子たちを試すため、変装して彼らの前に現れた。
彼は冷笑し、マヤを人質に見せかけ、仲間同士で殺し合うよう迫った。
絶望の中でヤズンは自らを犠牲にしようとした。
その瞬間、仮面が外れ、男の正体がラカンであることが明らかになった。
マヤは安堵の涙を流し、シグランは怒りを爆発させ、ヤズンは安堵の笑みを浮かべた。
ラカンは一人ひとりに厳しく言葉を投げた。
「マヤ、お前はもっと冷静でなければならない。
シグラン、お前は焦りすぎる。
ヤズン、お前は無謀に死を選ぶな。これからはさらに厳しい試練が待ち受けている。」
三人は深く胸に刻んだ。
その夜――
マヤは「私は守れるのか」と不安に震え、
シグランは「二度と無力でいたくない」と拳を握りしめ、
ヤズンは「仲間を守るため、必ず強くなる」と静かに誓った。
それは単なる力ではなかった。存在そのものが放つ威圧感。
高慢なアミールを一瞬で怯えさせた圧倒的な自信。
イーザンは心の奥で痛感した。
――これが偉大な一族の後継者と自分との違いなのだ。