突如止まった光槍
草原では、ガゼルがしなやかに跳ね回り、
その後を俊敏なチーターが追いかけていた。
まるで筆で描くような優雅さで軌道を変えるガゼルに、
チーターは苛立ったように立ち止まる――。
――場面は再び戦場へ戻る。
シグランは最後の一撃で息を切らしていた。
「はぁ…はぁ… 今の技だけで、こんなに魔力を食うのか……
くそ… まだまだ、俺の求める“力”には程遠い…!」
アズロンが墜ちた場所からは、濃い砂煙が渦を巻くように立ち上っている。
スカイが笑みを浮かべた。
「よくやったな、シグラン。
だが……たぶん、あれで“ボス”を怒らせたぞ。」
ユズンが不思議そうに首を傾げた。
「何を言っているんだ? あれほどの一撃を受けたんだぞ、まさか――」
突然、砂煙の中から笑い声が響いた。
「ハハハ…… いいぞ、坊主。なかなかの力だ。」
砂煙が割れ、アズロンが姿を現す。
「だが……“光槍の天蓋”が全部吸収してくれなかったら、
さすがに俺も危なかったな。」
空を見上げると、
無数の光の槍がシグランの頭上に停止した状態で浮いていた。
シグランは目を見開く。
「なっ……!? いつの間に…!
しかも、こんな近距離に……
しまった、避けられない――!」
光槍との距離は、ほんの数センチ。
ユズンが反射的に動き出す。
アズロンは冷たく言い放った。
「終わりだ、シグラン。」
だが――
その瞬間、アズロンの動きがピタリと止まった。
額から一滴、汗が落ちる。
「……来ているのか。」
アズロンの心臓が一瞬だけ締めつけられ、
強烈な“圧”が背後から突き刺さる。
その“圧”――それはハーマンの気配だった。
彼が姿を見せることはない。
だがアズロンだけが、その異常な魔気を感じ取っていた。
シグランは困惑して叫ぶ。
「な、なんで攻撃を止めたんだ!?」
ユズンも身構える。
「いったい…何が起きているんだ?」
スカイも眉をひそめる。
「……ボス? 計画を変えたのか?」
アズロンは低い声でスカイに命じた。
「スカイ……こっちへ来い。」
「了解。」
近づくと、アズロンは小声で囁いた。
「いいか……シグランをここから離せ。」
「……は? なぜです?」
「耳を貸せ……
“奴”がいる。俺たちを見ている。」
スカイの目がわずかに揺れる。
「まさか……だが、気配を感じないぞ?」
「気配を――消しているだけだ。
奴は、見せたい時だけ気配を漏らす。
俺たちは……遊ばれていたんだ。」
アズロンは歯を噛みしめる。
「よりによって、こんな時に現れるとは……
仕方ねぇ、シグランは殺れん。
だが……“ユズン”は仕留めねばならん。」
その言葉にスカイは静かに頷く。
「了解。」
次の瞬間――
時空術が爆ぜるように発動し、
スカイは一瞬でシグランの背後へ跳ぶ。
「ちょっと散歩しようぜ、坊主。」
「は!? 離せ、この野郎!!」
ユズンが走り出す。
「シグラン!!」
だが間に合わない。
スカイとシグランの姿は、光の歪みに呑まれて消えた。
◆◆◆
別の場所――タジル村
スカイが現れ、シグランを襟首から放り投げた。
「くっ……てめぇ!!」
シグランが砂埃の中で立ち上がる。
「ここで大人しくしてろ。」
その頃、戦場では――
ユズンはアズロンに向き直り、拳を固く握る。
「わけが分からない……!
なぜシグランを連れ去った? 今すぐ返せ!」
アズロンは鋭い笑みを浮かべた。
「心配するな。
あいつは相棒と“軽い旅”に出ただけだ。
すぐ戻るさ。」
そして小さく呟く。
「……くそっ。
あの怪物が見てる状況で、迂闊な真似はできねぇ。」
アズロンは一瞬だけ背後の闇に視線を向ける。
だがそこには何もいない。
それでも――
“確かに存在している”と彼には分かっていた。
その時、遠くから風を裂くような速度で声が届く。
「ユズン――!!
耐えろ! 今向かっているぞ、小僧!!」
それはシャーミルの声だった。
――場面は再び草原へ。
ガゼルはしなやかに舞い、
まるで筆先で空を描くように軌跡を滑らせる。
チーターは、ついに追うのを諦めて立ち止まった。
――第○話 終わり。




