マヤの力と氏族の影
審判が声を張り上げた。
「次の試合……マヤ・ハスミ!」
マヤはゆっくりと歩み出る。瞳は鋭く輝き、集中の光を放っていた。
対面には大地の属性を操る少年が、真剣な面持ちで構えている。
マヤは軽やかに身を屈め、そして腕を振り上げた。
瞬間、巨大な武器のような水流が生み出され、容赦なく相手を押し流す。
防御の隙すら与えず、少年は吹き飛ばされて地面に倒れ込んだ。
驚愕の表情を浮かべたまま、彼は手を上げて降参を示す。
観客席は大きな歓声で揺れた。
「マヤ! マヤ!」
「これがハスミ一族の力だ!」
観覧席の一角では、マヤの父と兄が試合を見守っていた。
兄は冷ややかに呟く。
「ただの弱い相手だっただけだ。」
父は何も言わず、ただ哀しげな表情で前を見つめていた。
一方――遠くから見つめるイェズンの影。
彼の胸は失望に押し潰されながらも、心の奥で抑えきれない憧れが芽生えていた。
その美しさと強さに目を奪われ、言葉にならない想いを胸に秘めるしかなかった。
大会の係員が声をかける。
「フェドス! 治療を受ける時間だ。」
イェズンは会場の端に設けられた通路へと案内される。
歩みを進めるごとに、身体の節々に重苦しい痛みが広がっていく。
顔を上げると、そこにはシグランがいた。
彼は膝をつき、苦しげにうなだれている。その傍らには――背の高い謎めいた男が立っていた。
氷夜のように冷たい瞳。
その視線を浴びた瞬間、イェズンの心臓が鷲掴みにされる。
森の魔獣と対峙した時ですら、これほどの恐怖を感じたことはなかった。
男はゆっくりと顔をこちらに向ける。
冷徹な眼差しに晒された瞬間、イェズンの全身が震えた。
だが男は、低く呟くだけだった。
「……気のせいか。」
そして踵を返し、シグランを連れて立ち去っていった。
イェズンはその場に立ち尽くし、荒い呼吸を繰り返す。
(あの男は……いったい何者だ? なぜあれほどの力を感じるのだ……?)
イェズンの治療が終わると、試合はすべて終了した。
会場の中央に全参加者が集められる。観客の視線が一斉に注がれる中、試験の結果が告げられる時が来た。
試験官が黒い箱を抱えて前に進み出る。
「本日、合格を勝ち取ったのは十名のみ! 彼らには古の氏族を示す紋章が授けられる!」
箱が開かれると、中には黄金に輝くバッジが並んでいた。
それぞれの紋章が刻まれた証。観客席から大歓声が巻き起こる。
「 火炎の紋――カグチ一族!」
「水の紋――ハスミ一族!」
「 風の紋――カザミ一族!」
「 大地の紋――ツチマ一族!」
「 雷の紋――リクザ一族!」
「 氷の紋――ユキナラ一族!」
「 闇の紋――クラミ一族!」
「 光の紋――ヒカリ一族!」
最後に試験官が一つの紋章を掲げる。
それは他とは異なる、狐の姿が刻まれた特別な印だった。
「――そしてこれが帝国の象徴。秋の狐。狡知と均衡の証である!」
観客は熱狂し、各氏族の名を叫び続けた。
だが――イェズンの名は呼ばれなかった。
観客たちはざわめき、囁き合う。
「フェドス? そんな氏族は聞いたことがない……」
「ただの捨て子か?」
嘲笑が広がり、誰一人として彼の名を叫ぶ者はいなかった。
試験官は冷淡に言う。
「お前は合格した。だが所属する一族は存在しない。ゆえにただの一般兵として扱われる。」
渡されたのは、小さな鉄製のバッジ。
帝国の紋が刻まれているだけで、どの一族の印もない。
イェズンは震える手でそれを受け取る。
歓声が渦巻く中、ただ一人うつむき、重苦しい孤独に沈んでいた。