ルーカスの犠牲
タジル村の空――
一羽の鷹が柔らかな風を切り、舞う蝶を追いかけていた。
ゆっくりと視点が森へ降りていくと、そこにはアルマザ騎士団とカゴヤ騎士団が激突する、熾烈な戦場が広がっていた。
視線はすべて――進化を遂げたシグランとヤズンの二人へ向けられていた。
イヴリンはわずかに後退し、失われた左腕を押さえながら震える声で呟く。
「くっ…勝ち目がない…! このままじゃ全滅よ。逃げるしかない…!」
アドナンが一歩前に出る。
「抵抗は無意味だ。今すぐ降伏しろ。」
イヴリン:「クララ、ルーカス…撤退するわよ。」
クララ:「それが正しい判断だと思います。」
ヤズンの一撃で吹き飛ばされたルーカスは、苦しげに立ち上がり、肩の埃を払いながら鼻で笑う。
「撤退? 俺の辞書にそんな文字はねぇよ。」
イヴリン:「バカ言わないで! これは命令よ、ルーカス!」
クララ:「イヴリン隊長の命令に従うべきです!」
ルーカス:「臆病者の命令なんて聞けるかよ。逃げたいなら勝手に逃げろ。俺は――残る。」
クララ:「な…っ! 隊長に謝りなさい!」
ルーカスは嘲るように笑った。
「謝罪? 冗談だろ。」
足を開いた瞬間、胸の奥から獣の咆哮が響き――
次の瞬間、 全身が蒼い巨大な大蛇へと変貌し、地面が揺れた。
イヴリン:「ちっ…また暴走寸前じゃない!」
クララ:「この形態は…正気を失う危険が…!」
イヴリン:「クララ、今のうちに逃げるわよ!」
クララ:「彼を置いて…逃げるの…?」
イヴリン:「気づきなさい! 彼は私たちを逃がすために囮になってるのよ! 本当に…バカなんだから…!」
クララ(震え声):「ルーカス…あなた…そこまで…」
涙がこぼれ落ちる。
回想 — カゴヤ帝国
アルマザ任務へ向かう準備をするイヴリン隊の面々。
家から出てきたルーカスに、幼い妹イーダがしがみつく。
「お兄ちゃん…いっしょに遊んで…」
イヴリンとクララは少し離れた場所で待っていた。
ルーカスは優しくイーダの髪を撫でる。
「可愛いイーダ、ちょっと待ってろ。任務が終わったら、いっぱい遊んでやるよ。」
イーダは小さな指を立てて言う。
「約束…?」
ルーカスは微笑んで頷く。
「約束だ。」
クララは遠くからその様子を見て、柔らかく微笑んだ。
ルーカスが仲間の元へ歩き出すと、イーダは必死に手を振った。
クララ:「ルーカスって…可愛い妹がいるのね。好きになっちゃうわ。」
ルーカス:「ああ。」
現在
クララは震え声で呟く。
「…ごめんね、イーダ。」
同じ頃――
イーダは今日も、街の門で兄の帰りを待っていた。
戦場に戻る
アドナンの身体が膨れ上がり、完全に“獣”へ変貌する。
マヤ:「なっ…なんて姿…!」
ナダ:「嘘でしょ…」
アミル:「あれは…なんなんだ!?」
ヤズン:「でかすぎだろ…どうなってんだよ…」
シグラン:「関係ない。ぶった切るだけだ。」
タジル村・別の場所
空間転移によって、アズロンとスカイが森に現れる。
アズロン:「前に訪れたおかげで、座標は掴みやすかったな。転移もスムーズだった。」
スカイ:「はい、隊長…。ですが…感じますか、この気配…?」
アズロン:「ああ。北で激しい戦闘が起きている。」
スカイ:「ですね…。」
アズロン:「行くぞ。探し物が見つかるかもしれん。」
二人は一瞬で木陰へ姿を移す。
スカイ:「隊長…獲物だらけですよ…!」
アズロンは愉快そうに笑う。
「ハハ…以前とは比べ物にならんほど力が増しているな。」
スカイ:「この巨大な蛇…それに半獣化している者まで…こいつら、まさか…」
アズロン:「カゴヤの実験体だろう。」
スカイ:「どうします?」
アズロン:「まだだ。しばらく観察する。」
蒼い巨蛇の突進
巨蛇と化したルーカスが木々をなぎ倒し、
砂煙を上げながらシグランとヤズンへ迫る。
アドナン:「危ない! 下がれ!」
イヴリン側
イヴリン:「クララ! 今よ、逃げるわよ!」
クララは動かない。
イヴリン:「どうしたのよ!?」
次の瞬間――
巨蛇の尾が唸りを上げ、
シグランとヤズンをまとめて吹き飛ばした。
アドナンはアンスを抱え下がり、アミルたちも続く。
アドナン:「くそっ…無事なのか!」
巨蛇が毒“セラフィルの針”を放つ。
アドナンは火球を投げ、空中で針を溶かした。
木陰からアズロンが低く呟く。
「…炎の一族、カグチか。」
アドナンは巨蛇を睨む。
「お前…本当に厄介だな…。」
足元の大地が熱で溶け始める。
スカイ:「隊長…あいつ、相当な力ですよ…。」
アズロン:「だが不安定だ。制御できていない。」
イヴリンとクララ(再び)
イヴリン:「クララ! 動いて! 時間がない!」
クララはイーダのことを思い出し、完全に固まっていた。
力の崩壊
突然、アドナンの力が途切れた。
アドナン:「くっ…まずい…あの時、血を吸われて…回復が間に合わねぇ…」
視線はクララを向いていた。
巨蛇がアドナンへ迫る。
ナダが叫ぶ。
「先生!!」
強烈な光を放ち、巨蛇の視界を奪う。
スカイ:「アルマザの騎士…やはり属性が多彩だ。」
アズロン:「だからこそ、この世界を支配している。」
光が消える――巨蛇が再び襲いかかる。
反撃開始
その瞬間、シグランとヤズンが同時に立ち上がる。
シグラン:「油断したな…次は切り刻む!」
ヤズン:「同期ッ!」
二人が同時に飛び出す。
シグラン:「地獄の炎ッ!!」
巨大な炎が巨蛇の頭部を焼く。
ヤズンは上空から蹴りを叩きつけ、巨蛇を大地へ押しつぶす。
アズロン:「いいぞ…待っていた戦いだ。」
アドナン(呟き):「こいつら…恐怖を知らねぇのか…?」
逃走
後方ではイヴリンがクララを引っ張り続ける。
イヴリン:「もう知らない! 来なさいクララ!」
蜘蛛糸を使い、クララを縛って無理やり引きずりながら走る。
アドナン:「待て…逃げるつもりか!
ヤズン! シグラン! 追え! 一人も逃すな!」
ヤズンとシグランが追撃に走る。
アズロンの狙い
アズロン:「スカイ、準備しろ。
奴らを“二人きり”で捕らえる絶好の機会だ。」
章末
クララは蜘蛛糸で縛られ、宙に吊られたまま――
倒れ伏す巨大な蒼い蛇を見つめ、
涙をこぼす。
その上空を――
あの鷹がゆっくりと翼を広げ、闇へと消えていった。




