氷の叫び
別の場所――タジール村の任務の最中。
アドナンと仲間たちは村へと向かっていた。村に入ると、住民たちは次々に戸を閉ざし、彼らを避けるように姿を隠した。
アドナンは低く強い声で言った。
「我々からそんなに長く隠し通せると思うな。助けに来たのだ。」
彼は戸を叩いた。
中から男が顔を出す。
「はい、騎士殿。何のご用でしょうか?」
アドナンは真剣な眼差しで答える。
「ここで何が起きているのか話してもらおう。私は監察局の命を受けて来た。帝国があなた方の安全を守るために送った者だ。」
男は皮肉な笑みを浮かべた。
「安全を守る?どの口が言うんだ。」
アドナンが詰め寄る。
「では、真実を話せ。」
男は静かに言い、戸を閉ざした。
「何も知らん。何もだ。」
アミールが苛立った声を上げる。
「ちっ、何なんだあいつら。俺たちは奴らのために来たんだぞ。あんな連中、抑えつけてこそ分かるんだ。」
アドナンは振り返り、厳しく言い放つ。
「アミール、そんな言い方をするな。人を見下すな。我々は皆、人間だ。違うのは力ではなく、心と行いだ。人との接し方こそが大事だ。」
ナダが口を開く。
「でも先生、あんな態度を取られても……私たちは彼らを助けに来たのに。」
アドナンは短く息を吐いた。
「理由があるのだろう。別の家を訪ねてみよう。」
その時、アナスが反論する。
「だが話したがらない者に何を言っても無駄だ。時間の浪費だ。俺たちは騎士だ。力で従わせても法には反しない。」
アドナンは彼をじっと見つめ、静かに微笑んだ。
「確かに、力で従わせる権利はある。だがその法の中にも、民を苦しめる条がある。それを許す気はない。暴力で秩序を作ることは、秩序ではない。」
アナスが首を傾げる。
「なぜそこまで言い切れるのですか、先生?」
アドナンは遠くの城を思い出すように言った。
「彼らはかつて酷い圧政を受けたのだ。――あのロック・リコマの城で見た贅沢ぶりを思い出せ。『宮殿が黄金で飾られる時、民の小屋には涙が満ちる』――それが現実だ。」
アナスは黙り込み、考え込むように視線を落とした。
彼らは次の家の戸を叩いた。出てきたのは、かつてアドナンが息子を救った男だった。
中に通されると、母親が暗い表情で藁の人形を抱いていた。彼女は慌ててそれを隠したが、アドナンは気づいていた。
「何か伝えたいことがあるなら、今のうちに。」
父親が焦ったように声を上げる。
「黙れ、それ以上は子どもたちが危ない!」
だが母親が震える声でつぶやいた。
「……森の外れに、工房があると噂されています……シェムラの方に。」
アドナンは静かに頷き、外を見やった。
「……監視されている。家族を守るために、怒っているふりをするぞ。」
彼は戸を強く閉め、外で怒鳴った。
「まったく、こんな村など見捨てて帰るべきだな!」
アミールが小声で尋ねる。
「先生、誰が見ているんです?」
「知らぬふりをしろ。――工房で見たように動くな。」
森の影で、監視者たちの視線が動いた。
ロック・リコマ直属の兵たちだった。
アドナンは進路を変え、突然北の方角へ向かった。
彼の瞳には決意が宿っていた。
――場面は変わる。
ワーイルがアスマを救い出す。
地面に倒れた彼女は、立ち尽くすワーイルを見上げ、かすかに微笑んだ。
「あなた、いつも危険を避けていたのに……今は恐怖を越えてる。」
「……ありがとう。」
ワーイルの脚は震えていたが、顔には出さなかった。彼は涙をこらえながら言う。
「ごめん……僕は臆病者だ。君を置いて逃げた。」
「もういいの、ワーイル。今、あなたがここにいるだけで十分。」
その時、背後から荒い声が響いた。
「裏切るとはな、若造!」――ドライが現れる。
ワーイルは呟いた。
「……戦うのか? 人なのか、怪物なのか……あの爪は……。」
フィクスが叫ぶ。
「このままじゃ騎士たちが集まる!潰して隠れるぞ!」
ドライが一歩踏み出す。
「もういい、俺が片をつける!」
「片をつける……僕たちを?」
返事を待たず、ドライは突撃した。
「まずはお前からだ!」
コルが舌打ちする。
「ちっ、全部自分の手柄にする気か、欲深い奴め!」
ワーイルは動けない。
「どうすれば……!もう来る!」
アスマが叫ぶ。
「ワーイル、逃げて!」
ワーイルは叫びながら氷の弾を乱射した。
だがドライはすべてをかわし、目前に迫る。
「終わりだ!」
爪が胸を裂き、ワーイルは倒れ込む。血が滲み、恐怖に震える。
「血……血が……!」
ドライは笑う。
「ハハハ、臆病者め。少しの傷で怯えるとは。」
その瞬間、彼の脳裏に過去が蘇る。
――幼い日、兄マージドと庭で遊んでいた。
転んだマージドの口から血が溢れ、家に運ばれた。
医師は冷たく言った。
「もう助からん。時間の問題だ。」
母は泣き崩れ、父は壁を拳で砕いた。
数日後、兄は息を引き取る。
幼いワーイルは泣きながら叫んだ。
「兄さん……起きて……一緒に遊ぼうよ!」
――現在。
ドライが倒れたワーイルに爪を振り下ろす。
アスマが悲鳴を上げる。
その刹那、声が聞こえた。
「負けるな、ワーイル……生きろ。俺の夢も、お前と共に――。」
兄の声だ。
ワーイルが目を見開き、咆哮を上げる。
その瞬間、凍気が爆発し、ドライを一瞬で氷漬けにした。
全員が言葉を失う。
アスマが震えながら言う。
「ワーイル……この力、どこから……?」
フィクスが歯噛みする。
「凄まじい氷の力だ……!」
コルも青ざめる。
「まさか……。」
その頃、アルダが遠くで異様な寒気を感じ取った。
「……この冷気、まさかワーイルか……!」
彼は駆け出した。
「何が起きている……急がねば!」――ライドも走る。
凍りついたドライを前に、ワーイルはただ呆然と立ち尽くしていた。
「くそっ、ドライの奴、使えん!」フィクスが唸る。
「アーマズの騎士たちは化け物か……逃げた方がいい!」コルが後ずさる。
「黙れ臆病者!見ろ、奴はもう立つのもやっとだ。今が好機だ!」
フィクスの体が硬化し、額から角が突き出た。
コルの腕は鋸のように変形する。
「俺が女をやる。お前は男だ!」
二人が突進――その瞬間、アルダが現れ、フィクスを殴り飛ばす。
巨木が砕け、フィクスが吹き飛ぶ。
逆側からライドが飛び出し、コルを蹴り倒した。 ――こうして、第48章は幕を閉じた。




