過去の影
アマニはイェザンの腕の中で、うっとりと彼を見つめていた。
彼がそっと彼女を下ろすと、アマニは息を弾ませながらつぶやいた。
「……ありがとう。」
イェザンは鋭い声で告げた。
「すぐに家へ戻れ。――魔獣が来る!」
「見てっ……森の中から何か来る!」
マヤが叫び、指を差す。
木々の間から、巨大な魔獣が姿を現した。
一角獣のような体に、大きく鋭い角が夕陽にきらめいている。
シーグランが前へ進み出た。
「こいつは俺の獲物だ。」
炎の弾が唸りを上げて放たれたが、魔獣はびくともしない。
鋼のような皮膚。
獣が突進してくる。シーグランは紙一重でかわした。
マヤの水の矢が獣の脇腹を撃ち、バランスを崩させる。
シーグランの火球が右目を直撃し、獣が咆哮を上げた。
イェザンが拳を叩きつけた。
「ぐああっ!!」
痛みが逆流する。獣は傷一つ負っていない。
「下がれバカ!俺たちの後ろにいろ!」
「クソッ……鋼みたいな身体だ!」
「マヤ、水の矢を続けろ。力を溜める!」
「了解!」
水の矢が雨のように降り注ぐ。
「急いでシーグラン!」マヤが叫ぶ。
シーグランは目を閉じ、全ての魔力を一点に集中させた。
炎が竜の形を成していく――
「なっ……青い竜だと!?」
「すごい……」マヤが息を呑む。
灼熱の竜が突進し、獣を包み込んだ。
倒れなかった獣が一歩、二歩――そして崩れ落ちる。
マヤが歓声を上げる。
「やった!」
イェザンは拳を握りしめた。
「……強くなるのが早すぎる。俺は身体強化しかできないのに。」
しかし次の瞬間――
森の奥から三体の巨大な獣が現れた。
牙と爪が剣のように光る。
イェザンの心が凍りつく。
――あの夜と同じ魔獣だ。
<フラッシュバック:祖父マルワンが倒れる光景>
「気をつけろ!あれは危険すぎる!」
「一体ずつ相手するしかない!」シーグランが言う。
イェザンの瞳が震える。
「おい、イェザン!戻ってこい!」
「……ああ。」
しかし獣が飛びかかってくる。イェザンは動けない。
「動けイェザン!」
「クソッ、こっちにも来た!」
「私の方にも!」
動けない――足が地面に縫い付けられたようだった。
「どけっ!!」
「イェザン――ッ!!」
一瞬の閃光。
ラカンが現れ、三体の魔獣を一撃で斬り伏せた。
「もう二度と……仲間も、生徒も、傷つけさせはしない。」
戦場に静寂が訪れる。
イェザンは震え、拳を握りしめる。
「……また無力だった。」
血が流れ、涙が燃えるように熱い。
――ラカンの眼差し。
<フラッシュバック:「結界が崩れても……俺が影と戦う。」>
村長が現れた。
「村を救ってくれて……ありがとう。」
その夜、語られた過去。
十五年前の呪われた小屋。
母の死、祖父の死、そして――消えた少年。
夜、焚き火の前。
老いた男が語る。
「影の中を歩く、顔なき者たち……」
ラカンの瞳が鋭く光る。
「帝国の……秘密部隊か。」
――呪いではない。
――犯罪だ。
ラカンは寝顔のイェザンを見つめ、低くささやいた。
「この力は、眠ったままではいない……いつか世界を震わせる。」
シーグランを見やる。
「この少年たちは……ただの生徒じゃない。」
夜風が吹く。
「イェザン……お前が目覚めるとき、この世界は揺らぐ。」
そして――
「夜明けが来る。その時、もう後戻りはできない。」
影の中で、運命が見つめていた。
彼らは――いずれ伝説になる。




