すべてが始まった村への帰還
それから二年の歳月が流れた。
訓練と任務の日々。
そして、少年たちはもう「子供」ではなくなっていた。
ヤザンは十三歳から十五歳になり、身長は162cmから170cmへと伸びた。
彼の瞳には、もはや迷いはなかった。
セイグランは165cmから172cmになり、静かな自信を漂わせている。
マイヤも153cmから164cmへと成長し、少女の面影は薄れ、騎士としての風格が宿っていた。
その朝、第三小隊は訓練場に集められた。
師であるラカン・ヒカリが、薄く笑みを浮かべて彼らの前に立つ。
「さて──今日はいい知らせがある。」
「今日から君たちは正式に……Cランクだ。」
「やったーっ!!」
マイヤが声を上げ、飛び跳ねた。
ヤザンは小さく笑い、セイグランは静かに肩をすくめた。
「……やっと、次の段階か。」
しかし、ラカンの声色が一転する。
低く、緊張を孕んだ声だった。
「そして……もうひとつ大事な任務がある。ギルドからの依頼だ。
──モンスターによる襲撃から村を救う、救出任務だ。」
「救出任務?」マイヤが首をかしげる。
「場所は……“オタラ村”だ。」
その名を聞いた瞬間、ヤザンの体が固まった。
耳に刺さるその言葉。
心臓が激しく打ち始める。
「……オタラ?」
震える声。
「何があった!?」
ラカンは手を上げ、落ち着かせるように言う。
「落ち着け。お前……その村を知っているのか?」
「……俺の、故郷だ。」
重い沈黙が場を支配した。
ラカンの目が鋭くなる。
「その村は高い山のふもと、禁忌の森のそばにある。
森には……獰猛な魔獣が巣食っている。」
ヤザンはうつむき、拳を握りしめた。
胸の奥から、あの日の記憶がこみ上げる。
ラカンはその変化に気づいた。
「ヤザン、話してくれ。……過去に何があった?」
「七歳のとき……俺は一人で森に入ったんだ。
小さな魔獣の子を見つけて……食べ物を与えた。
友達になれると……信じてた。」
声が震える。
「でも、それは……大きな間違いだった。」
ヤザンは服を少しめくり、背中を見せた。
深く刻まれた爪と牙の傷跡──。
「……七歳で、こんな傷を……?」
マイヤが息を呑み、セイグランが目を見開く。
「……俺をかばって、じいちゃんは……五体の魔獣に襲われて……頭を──」
ヤザンの拳が地面を叩く。
「俺のせいで……!」
ラカンは静かに彼を見つめ、心の中で呟く。
(この少年は……どれほどの痛みを背負ってきたんだ。)
「……あの日、俺は“ある人”に助けられた。名前は言えない。」
「……そういうことか。」
ラカンは目を閉じ、静かに頷いた。
数日後──。
第三小隊はオタラ村へ向かった。
それはヤザンにとって、ただの任務ではなかった。
生まれ、そして奪われた地へ……帰る旅だった。
長い道のりを経て、村にたどり着くと──
村人たちが迎えてくれた。
子供たちは帝国騎士の制服に目を輝かせ、歓声をあげる。
ヤザンはその光景を見つめ、苦く笑った。
“あの頃”の記憶が、胸を締めつける。
ラカンと村長はすぐに話し合いの場を持った。
「先週までは静かだったんです……。でもある夜から、魔獣が森から出てきて、家や畑を襲い始めたんです。」
「奴らはいつ動く?」
「……日没です。」
「やはりな。」
ラカンは低くつぶやく。
「百年前、人間と魔獣の戦争の末、村の賢者たちは“影の門”を禁呪で封印した。
その封印が、長い年月の中で……少しずつ、弱まっている。
日が沈むたび、結界の力は削られ──魔獣が溢れ出してくる。」
「じゃあ……今夜が山場ね。」
マイヤの声が震える。
「俺は封印石の再起動に向かう。間に合わなければ、日没を越えるかもしれない。
──お前たちは、森の入り口を守れ。」
ラカンは森へと消えていった。
ヤザン、マイヤ、セイグランは村の中を歩いた。
人々の歓声。温かな笑顔。
けれどヤザンの胸は静かに、重く沈んでいた。
「ヤザン、家はどこだったの?」
「……森のそばだ。」
「……行ってみよう。」
森の出口近く、古びた小屋の前に着くと──
一人の少女が手を振ってきた。
「ようこそ、騎士さま!」
その母親が家から顔を出す。
「アマニ、どこに……あら、騎士様?」
ヤザンの視線が彼女と交わった瞬間──
過去の記憶が弾ける。
《回想》
小さな少女の落とした藁人形を拾い、笑顔で返す少年。
しかし母親がそれを払いのけ、冷たい声で言った。
「近づかないで。呪われた女の息子……!」
《回想 終》
母親はつぶやく。
「山の小屋には近づかないで。呪いがある。」
「お母さん、そんなこと言わないで!」
アマニが叫んだ。
ヤザンたちは沈黙のまま歩き去る。
アマニは小さく呟く。
「……あの人、どこかで……見たことがある。」
小屋の前。
ヤザンは、かつて目を覚ました場所を見つめていた。
そこが──すべての始まり。
「こんな小さな小屋で……生きてたのね。」
マイヤの声が静かに響く。
セイグランは黙っていた。
その頃、森の奥。
ラカンは封印陣を展開し、焦りの声を漏らす。
「日が沈む……急がねば……!」
夜の気配が迫る。
そのとき──アマニの愛猫が禁忌の森へ走り出した。
「ミー! 待って!」
少女は追いかける。
そして……森の入口で巨大な影と出会った。
ワニのような胴体。血のように赤い目。
──魔獣だった。
「いやぁぁぁぁっ!!」
悲鳴が夜空に響く。
ヤザンの耳が反応する。
「……今の声は!」
3人は一斉に走り出した。
魔獣の爪が振り下ろされ──
「間に合えっ!」
ヤザンが風のように飛び込み、アマニを抱き上げた。
次の瞬間、セイグランの剣閃が走る。
魔獣の巨体が地面を転がった。
ヤザンの腕の中で、アマニは震えていた。
──だがそれは、恐怖ではなかった。
彼女は見上げた。
その瞳は、まるで英雄を見つめるように輝いていた。
この瞬間──
新たな物語が、静かに幕を開けた。




