明希と咲良
フローライト第五十八話
家の前に記者が見張るようになってついに明希も気がついた。
週刊誌がテーブルの上に置かれたリビングで、夜中四人で集まっていた。
利成は前のように少し離れた一人用のソファに座り、また前の時のようにスマホを見ている。奏空と咲良は隣同士にソファに座った。明希が向かい側に座っている。
「これ、どういうことなの?奏空」と明希が最初に奏空に聞いた。
「咲良は前に利成さんと噂になった人だけど、そんなの関係ないでしょ?」
「じゃあ、以前の記事は嘘なの?」と明希が今度は利成の方を見た。利成はスマホから顔を上げて「嘘だよ」と答えた。
「咲良さんは?どうなの?」と聞かれる。
「嘘です」と答えた。
「はぁ・・・」と大きく明希がため息をついてから「何か私だけ知らなかったのね・・・」と肩を落とした。それからもう一度顔を上げて奏空の方を見た。
「奏空はどうするつもりなの?」
「咲良と結婚するよ」
「結婚って・・・まだいくらなんでも早いでしょ?」
「早くないよ。明希だって早く利成さんと結婚したでしょ?」
「それはそうだけど・・・利成と奏空では違うでしょ?」
「どこが?」
「立場っていうか・・・利成はアイドルじゃなかったし・・・」
「もう!みんなアイドルアイドルって、それと俺が咲良と結婚するのとはまったく関係ないんだよ」
「関係あるよ」と咲良は口を挟んだ。
「そうだよ、奏空」と明希も言う。
「ちょっと、利成さんからも何か言って。この二人、お手上げ」
奏空がそんなことを言ってうんざりした表情で利成の方を見た。
「奏空がお手上げなら、俺もそうだけどね」と利成が面白そうに言う。
「もう、とにかくね、咲良は帰らなくていいし、結婚はできるし、何ならこの家出よう」と奏空が咲良の顔を見た。
「そんなの無理だよ」
「無理じゃない」
「無理」
「もう!無理じゃないから」
言い合っていると「奏空」と利成が口を挟んだ。
「結婚までしなくてもいいんじゃない?」
「そうだけど、咲良がまったくわかってないからね」
「奏空はアイドルやっていきたいんだろう?」と利成が続ける。
「できればね」
「でも無理だったらやめてもいいのか?」
「いいよ」
「やめるとアイドルはおろか、なかなか苦労することになるかもよ?」
「苦労?苦労なんてないよ」
「どうして?」
「んー・・・あらかじめある形に合わせてるわけじゃないから。いくらでも変形させれる」
(また意味不明なんですけど?)と咲良は心で思う。
「そうか・・・」と利成がわかったように言う。
咲良は隣の奏空の腰の辺りを指でつついた。
「何?」と奏空が言う。
「どういう意味?」
「今の?」
「そう」
「んー・・・説明難しい」
「でも、と・・・」
”利成”と呼び捨てにしそうになり咲良は少し焦って言い直した。
「でも、天城さんはわかってるみたいだけど・・・」
「俺もわかってないよ」と利成が答える。
(わかってるくせに)と咲良は思った。
「奏空?とにかくすぐ結論出さないで、じっくり考えた方がいいよ」と明希が言う。
(うん、そうそう)と咲良も心で思い頷いた。
「やっぱ明希ってバカだな」と奏空が冷めた目で急に言ったので、咲良はびっくりして奏空の顔を見た。
「ちょっと!」と咲良はたまりかねて奏空の膝を思いっきり叩いた。
「痛っ!」と奏空が大袈裟に顔を歪める。明希が驚いて見ているのがわかったが構わず続けた。
「親に向かって”バカ”とは何よ?謝りなさいよ」
「バカだからいいんだよ」と膝をさすりながら奏空がまだ言うので咲良は頭にきて言った。
「そういうこと言う方がバカだよ!」
すると利成が急に爆笑した。
(は?)と利成の顔を見た。
「何かおかしい?」
「いや・・・ごめん」と利成が笑いをかみ殺している。ふと明希の方を見ると、唖然として利成の方を見ていた。
(何なの?この親子と夫婦は?明希さんもビシッと奏空に言ってやらなきゃ)
そう思っていると「奏空」と利成が少し改まった声で言った。
「もう一度事務所と話し合って、グループのメンバーとも話してからまたこうやって話すのがいいよ。奏空の仕事は色んな人を巻き込むからね。それと結婚は一人じゃできないよ。朝倉さんの承諾を得ないとね」
(あれ?何かまともなことを・・・?)と咲良は利成の顔を見た。
「承諾なら得てるよ」と奏空が言ったので「は?」と思わず声を出してしまった。
「何?」と奏空が咲良の顔を見る。
「いつオッケーって言ったのよ?」
「咲良の心がオッケーって言ってるよ」
(は?)とまた奏空の顔を見つめた。
「奏空が読心術が使えるとは知らなかったよ?でもそれ間違ってるよ?」
「そう?でも大丈夫だよ」と奏空が咲良の手を握る。
「何が大丈夫よ?まったくわかってないでしょ?」
「わかってなくてもいいんだよ。そうなるって決まってるからね」
「何?今度は予知能力があるって言いたいの?」
「うん!正確に言うとちょっと違うけど・・・まあ、そんな感じだよ」
「やだ!もう・・・こんな人初めて」と咲良は呆れた。するとまた利成が「アハハ」と笑ったのでまたみんなで利成に注目した。
「いや、ごめん」とまた謝っている。こういう利成も初めて見る。
結局また話し合いは後日となった。それまではここにいてと利成にも言われる。
奏空の部屋に戻ると「咲良~」と奏空が抱きついてきた。
「ずっと一緒にいようね」と口づけられる。
「あのね、奏空」
「ん?」
「奏空はまだ十九歳でしょ?」
「そうだよ。誕生日済んだから」
「まだまだ若すぎるんだよ?私に決めなくても可愛い子も周りにたくさんいるでしょ?奏空ならモテるよきっと」
「モテないって」
「それに私、明希さんみたいに心が広くないの」
「どういう意味?」
「奏空が誰かと浮気したら許せないと思う。殺しちゃうかもよ?」
「俺を?」
「そう」
「ハハ・・・殺してもいいよ」
「冗談じゃなくてほんとだからね」
「うん、咲良は利成さんのこと殺したかったでしょ?」
「・・・そうかもね」
「でも今は?」
「今はそんなことないけど・・・」
「うん、そうでしょ?人はね、いつまでも憎んでいられないんだよ?いつか必ず許す時がくる」
「・・・だから浮気してもいいと?」
「ハハ・・・違うって!浮気はしないよ」
「じゃあ、今のうちに色んな人とやりまくりなよ。私一人なんてきっといつか後悔するよ」
そう言ったら奏空が爆笑した。
「アハハ・・・もう咲良って最高だね!」とベッドに押し倒してくる奏空。それから「大好き」と言って何度も口づけてきた。
(あー結局お子様なのよね・・・)と咲良もこれ以上言うのを諦めた。
何だかわからないけど、いつのまにか天城家に取り込まれてしまった。というか、奏空の不思議な魅力に取り込まれたと言う方が正しいか・・・・・・。