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眠れぬ獅子  作者: 秋乃晃
8/10

『ライオン団地』の怪

 今日のシフトは五時まで。汐見さんと上がり時間は同じやけども、汐見さんはさっさと上着を羽織ると「おつかれさまでした」と一礼して出て行ってしまった。バックルームは長居するような場所でもないし、まあええんやけど。店長も五時までなんやが、店長は店長でこれから発注の見直しをしないといけない。だから、ウチも「おつかれっした」とあいさつして出て行く。

「理緒ち、彼女いたことあるの?」

 オレンジ色の瞳の享年十三歳が、なんだか楽しげに笑っている。当然のようにウチの後ろについてくるやん。ひとみは今日もウチの部屋まで着いてくる気か。参宮の家には帰らんのかな。

「汐見さん、食事に誘えばいいじゃん。好きなら、自分からどんどんいかないとさ。今日見てた感じ、あちらはなんとも思ってないよ。行動を起こさないと、ただのバイト先の先輩のままだろ」

 ただの女子中学生がずけずけと言ってくるやんけ。ウチは胸ポケットからスマホを取り出して、耳にあてる。

「うっさいわ。シフトかぶっとる初日から連絡先を聞くヤツがおるか。引かれるやろが」

 電話しているフリ。我ながら、いいカモフラージュを思いついたもんよ。頭は使っていかんとな。周りの人たちにはひとみの姿は見えとらんから、何もないところと会話しながら歩いているやばいやつと思われる。電話ひとつで、周りからは通話していると判断してもらえるんよ。

「理緒ち、ドーテー?」

 こいつ。

「ちゃうわ。知り合いの店で卒業したわ」

 知り合いというか、金歯のおっさん(アニキのオヤジ)やね。おっさんが生前に経営していて、うまく行き始めてから店長にオーナーとしての権利を譲った風俗があってな。まあ、そういうことや。ウチのこと、普段の客層とは違うもんだから、お姉様方が大層可愛がってくれた。人生でいちばんモテていた時期やね。

「シロートドーテー?」

 女子中学生、よく知っとるなあ。その単語。

「うっさ」

 人相が悪いせいか、青春時代は『怖い人たち』が後ろにおったからか、ウチには一般的な恋人、みたいな相手はできんかった。話してみれば、案外人当たりがいいしノリもいいほうなんやけどな、ウチ。

「私は理緒ちが()()()だってことを知ってるけど……こうして放っておくなんて、見る目がないなァ」

 幽霊にモテてもなあ。褒め言葉として受け取っておくわ。

「明日も汐見さんとシフト被っとるから、明日はアタックしてみるか」

「いいじゃん。やっちゃえやっちゃえ」

「何がええんやろ。帰ったら店を調べないといかんな」

「理緒ちが払えるようなレストランにしないと。レジで慌てたらかっこ悪いじゃん?」

「うっさ」

 職場のコンビニを出て、ぐだぐだと話しながら歩く。そのうち、目的のバス停に着いた。時刻表を見て、携帯電話で現在時刻を確認する。交通状況にもよるやろうけど、この表示が正しいなら、そろそろこの停留所にバスが到着する。

「今日はバスで帰るの?」

「ちゃうよ。帰る前に、行くところがあんねん」

 到着したバスに乗り込む。ひとみは一人用の座席に腰掛けたウチのひざの上にしれっと座った。

「理緒ー」

 他の乗客にはこの声は聞こえておらず、姿も見えていない。ひとみは中学生やから、生きていたらウチが運賃を払わなあかんところやったわ。

「行くところって、どこ行くの?」

 同行者がいて、そちらとは現地の前にある公園で集合という話にしてある。ウチひとりではどうにもならん問題やからな。

「無視かよ。つまんねぇなァ」

『携帯電話はマナーモードに設定の上、通話はお控えください。ご協力をお願いします』

 今の車内アナウンス、聞こえたやろ。ウチはマナーを守るまともなオトナや。バスに乗る前のように、スマホを取り出して通話しているフリの作戦は使えない。せやから、ひとみの質問には答えんかった。答えられんわ。そのあともひとみが一方的になんやかんやとウチに話しかけてきたんやけど、全部スルーや。すまんな。

『次は、深川団地前。深川団地前です』

 停留所をいくつも通り過ぎて、目的地のアナウンスが放送される。停車ボタンは、前の席に座っていたおばはんが押した。ほどなくして、その『深川団地前』の停留所にバスが停まる。

「引っ越すの?」

 違う。引っ越せるんなら引っ越したいわ。実家暮らしから一人暮らし。せやけど、この辺の団地はファミリータイプやし、空き家は当選しないと入れんから無理無理。

「ちゃうで。ここはな、ウチの小学校の時の友だちがおるとこ……いや、()()()とこ、か」

 バスを降りたから、ようやく返事ができる。時刻も夕方で、帰宅途中の人たちが多い。

「ふーん?」

「中学から西の学校に通ってたんで、東京には小学校までの友だちしかおらんのよ」

 第四団地。最上階の外壁にデカく『4』の文字がある。誰かが『第四(ダイヨン)』を『ライオン』と言い間違えてから『ライオン団地』と呼ばれるようになった。ライオンは住んでいない。一般家庭で飼えるような生き物でもないやろ。

「その友だちに何の用なの?」

「このライオン団地に、バケモノが住んどってな。そのバケモノをこれから退治してもらうんよ」

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