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眠れぬ獅子  作者: 秋乃晃
7/10

獅子を宿した日

 アネゴと二人きりで出かける機会はなく、ボディーガードとして舎弟がついてきとった。なもんで、十八歳になった日にアネゴから「理緒、行こう」と誘われたときにゃあ、やましい考えで頭がパンクしそうになったもんよ。一張羅に着替えて、パンツも靴下も新しいのに変えてから出かけた。

「行きましょう」

 腕を組もうとしたらぺしっと二の腕を叩かれて、アネゴも恥ずかしがることがあるんだなへへへと平和な妄想を繰り広げながら黒い車に乗る。アネゴはアニキの愛人だってわかっちゃいたけれど、脳みその片隅ではワンチャンを期待していた節があった。アニキの目を盗んでのデート。

「これにサインして」

「名前書けばええの?」

 横に座っていたアネゴからコピー用紙と万年筆を渡される。コピー用紙は折りたたまれていて、記入欄だけがわかるようになっていた。

「読んでもわからんやろ?」

 いうて小六までは成績優秀やったけども、中学と高校にまともに通えていないぶん、読み書きに自信はない。ウチが折りたたまれているものを広げようとしたら、アネゴがやんわりと止めてきた。顔を近づけられると色気と香水の匂いとでドキリとする。ウチも若かったなあ。

「せやね」

 名前を書いた。書いてから、その拙さに恥ずかしくなって、折りたたんでから突き返す。下敷きでもあればまた変わったんかな。動いている車の中で書かせるアネゴもアネゴやで。

「すたじお?」

 到着後、小さな看板を見て首を傾げる。ウチとアネゴの姿に店内から気付いて、オシャレなおにいさんたちが店の外へ出てきた。ウチの両サイドに立つ。

「デザインは決めとるから、あとはこの人らに任せとき。終わる頃にまた来るでな」

 ウチに拒否権はない。アネゴが、車内で名前を書いたコピー用紙をおにいさんのうちの長髪のほうに渡す。

 施術の承諾書だった。

「ウチ、何も聞いとらん」

「そうなんすか?」

「でもなあ、名前書いてあるから……それに、もうお金もらっちゃってるし……」

「アネゴ!」

 もういなくなっていた。


 *


 こうしてウチの背中にはライオンの入れ墨がある。立派なたてがみがあるからオスやね。金歯のおっさんに『獅子』の異名があったから、その『獅子』の言葉を託された男ってなわけよ。幽霊となった今では丸刈りやけども、現役時代はフサフサだったからそこから『獅子』なんやろね。人前で着替えるような機会は日常生活を送る上で多くはないが、もし見られたら驚かれるのはわかりきっているので、なるべく隠すようにしている。プールやら温泉やらに行けないのは残念やけどなあ。

 ひとみには「魔除けのためやで」と言ってごまかした。ひとみからは「効果ないじゃん」と笑われてしまったんやけど、そうやね。まったくもってその通りやと思う。

 ウチがアニキとアネゴ、それと金歯のおっさんから解放されたのは、ふたりのクーデターが失敗に終わったからや。長らく続いた抗争は勢力同士の武力による戦いにもつれこんで、人数差があって不利なこちらは負けた。負けたんよ。

 この最後の戦いの前日に、ウチはアニキから東京駅行きの新幹線のチケットをもらっていて、ウチは五体満足で親父殿の前に戻れた。ウチは常々アニキに「帰りたい」と伝えとったし、アニキもウチを戦力としては期待しとらんかったからな。夜に眠れんくて日中あくびばっかりしとるヤツに武器は持たせられんわ。

 アニキからの最後の言葉は「じゃあな、理緒。いままでありがとう。長生きしろよ」だった。ウチがアニキに関わっていなかったら、アニキはもっと早くに亡くなっていたかもしれない。ウチの霊能力のおかげで、前組長であるアニキのオヤジとアニキとの間にあった確執は解消されている。

 ウチが西にいた六年ほどにはちゃんと意味があったけれど、負けは負けだった。

「メール?」

 品川駅を出発した頃に、ウチのスマホに登録されていないアドレスからメッセージが届く。メールを送ってくる相手なんてそうそういない。大抵はメッセージアプリを使う時代やから。

 昔の知り合いでメールアドレスを教えた人が、アドレスを変えたからと連絡をくれた可能性はある。たとえば、小学校の頃の知り合いなら、メッセージアプリのほうではつながっていない。メールで連絡を取って、アカウントを教える流れはある。

 無題。添付ファイルがひとつ。怪しいといえばすこぶる怪しいが、ウチの指はそのメールを開いてしまった。

「う……!」

 本文もない。添付ファイルは写真。アニキとアネゴの遺体が並べられたもの。

 誰が撮って、何のために送ってきたのか、……そんなことはどうでもよくて、とにかく気持ち悪くなって、スマホを握ったまま新幹線のトイレに駆け込んで、スマホをトイレに投げ入れた。


 *


 親父殿はウチの話を最後まで聞いて、ウチが住むための部屋をくれた。故障したスマホは直して使う気にはなれなくて、新しいものを買う。

「理緒ち、その人たちに都合よく利用されていただけじゃない?」

 吉能から心ない言葉をかけられて、悲しかった。利用されていたとは思いたくない。つらい日々ではあったけれども、全否定されるようなものでもない。理解されないのがつらくて、実家にいるのに家族とはしゃべりたくなかった。一週間ぐらい経ってからやったかな。吉能のほうから謝ってきたから、ウチもおとなげなかったと和解した。


 ウチはまだ眠れない。

 長生きしなくてはならない。


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