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眠れぬ獅子  作者: 秋乃晃
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崖下に落とされた日

 表向きには、ウチは親父殿が決めたその全寮制の中学校に入学して、付属の高校までの六年間通って卒業したことになっとる。最終学歴を偽らずに『小学校卒業』としておくと、世間様の目が厳しいんよ。保身のためにみみっちいウソをつくようになったのは、この辺からやな。人間、社会で生きていくにはいろいろあるからしゃあなし。このぐらいは見逃してほしいんやけど、今のところじゃない前のバイト先ではバレてどえらい目に遭った。

 いまのバイト先の店長(ひとみの父親やね)はウチの経歴をそこまで見ていない。面接して、すぐにシフトの相談になった。というのも、店長自身が中学の頃から(年齢をごまかして)バイトしていたらしい。忙しいからかテレビもあまり見ないらしくて、親父殿や当主サマのことを知らなかった。

 ウチの過去に突っ込んでこないのは、やりやすい。仕事も早くて売り上げも安定しとるし、店長のことは上司として尊敬している。たとえ、これから先、ひとみから何をぶっ込まれようとも『上司として』尊敬している。


 *


「小僧、しっかりせい」

 中学校に入学したその日のうちに、意味不明ないちゃもんをつけられて上級生に絡まれたウチを助け出してくれたのがアニキだった。西のほうに知り合いはおらんし、全寮制なもんでオカンは東京に残ったから、味方も後ろ盾もないウチは恰好の的だったんや。アニキが偶然通りかかってくれていなかったら、翌日までゴミ捨て場でぶっ倒れてたかもしれんよ。

「あざます……」

 ウチを囲んだ五人を殴り倒したアニキの背後には、アニキに顔つきのよく似たイカツいおっさんがいた。背広を着た丸刈り頭のおっさんは、ウチと目が合うと「ん?」と目を丸くしている。

「おっさん、その」

「助けてやったのに、このおにーさんをおっさん言うヤツがおるか」

「すいません。違います。おにーさんの後ろのおっさんです」

 アニキが後ろを振り返った。ウチには『見える』けれども、アニキにはそのおっさんが見えないようで「ふざけとんの?」と凄まれる。

「ボウズ、ワイが見えるんか」

 おっさんがにこりと笑って、金色に光る前歯を見せてくれた。どうやらそのおっさんが幽霊らしいと、ここでようやく気付く。ウチにはどっちも同じに見えるんよね。幽霊なら幽霊らしく、半透明にでもなってくれていればええのに。生きている人間も、死んでしまった人間も、どちらも同じように見える。言葉も同じように聞こえるから、小六の時の『八尺様』も「ぽぽぽ」とは言っとらんかったっつーわけや。

「見えるんなら、コイツに助けてもらったぶん、()()()してくれへんか?」

 コイツ、とおっさんは自称おにーさんなアニキの左肩をぽんぽんと叩く。触れられても、アニキは無反応だ。こんなにしゃべっているのに、おっさんのほうを一度も見ない。

「なあに、ワイの組を乗っ取ろうとしとる恩知らずなヤツらをぶちのめして、コイツを(かしら)にしてくれりゃあええんよ」

「そんなこと、中学生に頼まないでもらえます?」

「あぁ?」

 おっさんに対しての発言なのに、アニキが間にいるからややこしい。ウチはアスファルトに正座して、背筋を伸ばす。

宮下(みやした)理緒(りお)十二歳、幽霊が見えるんです」

「はぁ?」

「いま、おにーさんのそばにおにーさんにそっくりのおっさんがいて、そのおっさんからおにーさんを『頭にしろ』と頼まれました」

「……はぁ?」

「金歯のおっさんです」

 ウチがおっさんの特徴を挙げた瞬間、アニキの表情が変わった。そして「オヤジ?」とか「返事をしてくれ!」とか言いながらキョロキョロし始める。

「ワイもただの中坊にやれるとは思っとらんって。いいか、理緒。見ての通り、ワイとコイツとは直接話ができへん。せやから、ワイの言葉を、理緒の口からコイツに伝えてくれ。まずは、そうやな、ワイしか知らないはずの金庫の暗証番号でも言おうか」

 思えば、ここで断っとけばよかったんちゃうか。でも、断ったところでウチも『恩知らず』って罵られるやろうからな。のこのこと寮に帰っていっていたら、上級生の仲間たちにやり返されるやもしれん。どっちみち詰みやね。西に来た時点で、ウチの運命は決まっとった。

「かしこまった」


 *


 それからウチはアニキの事務所に迎え入れられた。アニキがウチを「理緒だ。組長の霊が憑いている」と紹介したもんだから、コワモテな舎弟の皆様からびびられたのを覚えている。顔が怖いひとしかおらん。

 アニキが組長こと金歯のおっさんに推されているのは、アニキが妾の息子だから。今の組の頭は、おっさんを刺したヤツ。おっさんとしては気に食わんよ。アニキは組から追放されて、アニキを慕ってついてきた舎弟の皆様とアニキの嫁で皆様からアネゴと呼ばれているおねーさんがこの事務所でツメを研いでいる。ウチも言ってみれば親父殿の妾の息子やから、境遇としては似とるな。すでに親父殿はウチの異母妹な吉能にベタ惚れだったわけで、真に霊能のあるウチは追い出されたわけやし。

 とはいえ、この『怖いひと』たちの跡目争いに巻き込まれて、いろんな人が殺されたり行方不明になったりしたから、何度か脱出しようと試みた。こわいもん。毎日「次に死ぬのはウチなんじゃないか」と疑って、布団の中で震える日々を過ごす。

 だから、今でも眠れない。

 薬を頼るようになったのはこの頃からやね。


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