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眠れぬ獅子  作者: 秋乃晃
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『八尺様』と遭遇した日

 ウチには幽霊と会話できる程度の霊力しかない。話し合いで相手が「ほな」と成仏してくれるのは『除霊できる』の範疇に入れてええんかな。必ず成功するわけやないからなぁ。

 いうて、宮下家の当主サマとしてぶいぶい言わせている吉能に、霊力なんてものはないと思う。雪路はわからない。霊力があるだのないだのの話をしたくないらしくて、ぷいっとそっぽを向かれてしまう。今は金魚のフンみたいに吉能にくっついている。まあ、雪路のことはおいといて、吉能はウチよりない。絶対に、幽霊が見えていない。

 ただ、あの子は意地っ張りで虚言癖がある。親父殿が大層(二重の意味で)可愛がっていた。ルックスがいい。だから、宮下家の当主として選ばれた。霊能者二世としてだけでなく、タレントとしての人気も出てきているから、その審美眼は確かなものだったといえる。

 親父殿は、ちゃんと『見える』人だった。家系(かけい)としては特に由緒正しいものではない。平安の世から脈々と、みたいなゆえんは一切なく、突然変異のように、親父殿には霊が見えていた。ウチと違って、霊力を練って弾にして発射できる技も使える。

 当初は霊能者としてというより、霊が『見える』占い師もどきとして活動し始め、東京の一等地にそこそこの広さの屋敷を建てた。宮下蓮司(れんじ)、商売が上手い。活動が功を奏して、由緒正しいほうの霊能者である『神切隊』とのつながりもできた。

 それからは『血を継がせる』っていう建前で、いろんな女に手を出す。ものはいいようやな。結果として、ウチには異母兄妹がたくさんおる。今、宮下家に住んでいるのはウチと当主サマ(吉能)マネージャー(雪路)の三人なんやけど、全員腹違いや。顔も似てない。律儀に年賀状が送られてくるんやけど、他のきょうだいたちはそれぞれの母親と達者で暮らしている。

 ウチのオカン曰く、親父殿は一週間の日替わりで七人の嫁たちと付き合っていたらしい。器用すぎてウケる。興味もないし、把握しとらんけど、七人以外にもおったんやろうな。

 女遊びばっかりしていた罰が当たって、親父殿は行きつけのバーで酒を飲んだ帰りに刺されて病院に運ばれた。搬送先のベッドの上で、意識朦朧としつつも次の当主サマを指定したのは評価してやろう。そのあと、吉能に見守られながら死んだ。

 ウチが宮下家の一室の四畳半に住まわせていただいておるのは、単純に金がなくて一人暮らししづらい(バイト先に行きやすい範囲で部屋を借りようとすると、だいぶ現実味のない家賃しか出てこない)ってのもあるんやけど、他にふたつ理由がある。ひとつは『ウチが親父殿の子の中で唯一見える』から。吉能は親父殿から「困ったら理緒を頼りなさい」と伝えられたのだとか。言われた吉能は「理緒ちを頼るなんてありえないわよ」と鼻で笑っとったなぁ?

 親父殿。ウチ、急に吉能から呼び出されても、バイトを優先するで。その吉能が生活費を一ヶ月分ちゃらにしてくれるんなら考える。

 もうひとつは『怖い人たちを焚きつけて宮下家が乗っ取られないように監視する』ため。……そんなアホなことせんのに、親父殿はウチを信用しとらん。


 *


 ウチが見えるようになったきっかけの出来事について話しとこうか。あれは、親父殿とオカンに連れられてオカンの田舎に行ったとき。小六の夏だったかな。

「あれ?」

 ふたりがずんずん好き勝手に歩いて行くから、道端で見かけた大きなカエルに気を取られていたウチははぐれてしまった。オカンはこういう大自然がイヤで東京に出てきた人やったからなぁ。大きなカエルでは足を止めてくれへん。

「どうしたの?」

 しゃがみこんでめそめそ泣いていたら、黒い影がぬうっと日差しをさえぎった。見上げれば、腰まである長い黒髪に白いワンピース姿の、おねえさんがいる。

「パパと、ママと、はぐれちゃって……」

「そう。なら、探しましょう」

 色白な左手がウチの涙をぬぐった。差し出された右手を、小六のウチが握り返す。

 それからおねえさんは、その言葉通り、いっしょにふたりを探してくれた。その人が『八尺様』と呼ばれる妖怪だと知ったのは、無事に帰れてからやったな。妖怪としては子どもを連れ去ってしまうらしいんやけど、ウチがオカンと、その隣でさーっと血の気が引いていく親父殿を見つけたら、次の瞬間に見えなくなっていた。ウチはお眼鏡にかなうような子どもやなかったっつーことや。

 その日から親父殿のウチに対する態度が変わって、進学先が変更になった。ウチの霊力を伸ばす、とかなんとかで、関西のほうにある全寮制の中学校に入ることになる。いうて、霊力を伸ばすってのは建前で、本音としては、ウチを遠ざけたかったんちゃうかな。自分より優れた息子はいらん、ってな。


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