「幽霊って、いると思います?」
引かれるのも覚悟の上で、ウチは新人の汐見さんに問いかける。
「幽霊って、いると思います?」
先月の真ん中辺りから本店のほうで働き始めて、研修はほとんど終わり。今日から、こちらの店での勤務が始まった。真面目で物覚えがよくて遅刻しなくてしかも美人さん。ウチとしては長く続けてほしい。店長も気に入ってくれている。24時間365日営業のこのコンビニで、フルタイム希望で土日も入ってくれるってのはかなり助かるから、本店ではなくこちらで続けてほしい。それを決めるのはオーナーやけども。二店舗経営していて、駅に近いのはこっちだからこっちのほうが交通の便がよくて通いやすいんとちゃいます?
「いない、と思います」
タバコの補充をしている汐見さんの手が、止まった。変なことを聞いたかもしれへんけど、作業は止めなくてええんやで。
「ほう、どうして?」
店長は裏の事務所でエリアマネージャーとミーティングを始めたから、しばらくは売り場に出てこない。売り場は売り場で、昼のクソ忙しい時間が終わったところだから、棚がスッカスカになっている。もはや開店休業状態といっても過言ではない。もう少しで納品が来る。せやけど、こういう早く来てほしいときにかぎってなかなか来てくれないんよ。客も少ないから、汐見さんに品物の並べ方を教えるチャンスなのになぁ。
「……どうして、と言われましても。わたしには、見えないので」
だ、そうだ。
レジカウンターに両ひじをつき両手で自分のあごを支えるような格好をして、汐見さんを見上げているひとみに目配せした。もし汐見さんがウチの同類ならば、こんな場所にいるひとみをスルーしないだろうから、見えてないっちゅーのは聞く前からわかっとんたんやけども。ウチもウチで幽霊が『見える』とは言っとらん。
この店では、ウチが『見える』という話はしていない。妙な仕事を押しつけられても、ウチには幽霊としゃべるところまでしかできへんし。ウチのいもうとを「紹介してくれ」と頼まれたら依頼料に仲介料を上乗せする。
「理緒ち、汐見さんのこと好きでしょ」
何を言い出すかと思えば。
「オクテな理緒ちのために私が汐見さんの身辺調査しようか?」
ここで「せんでええ」と言ったら、汐見さんに勘違いされる。ウチはぐっとこらえた。汐見さんに言いたいのではなく、ひとみにだけ聞こえるように言いたい。ウチにはテレパシーのようなものは使えない。
「宮下さんには、見えるんですか?」
汐見さん。フルネームが汐見聖奈。小学校から大学まで、浪人も留年もなくストレートに進んで、就職するも、一年でその就職先が潰れた。今はバイトを転々としながら資格を取って次の職場を探している。つまり、その次の職場が決まったらこのバイトも辞めてしまう。できれば辞めないでほしい。週一日だけでも残ってくれへんか。
「見えへんよ。昨日、心霊番組を見てな。はぁ、世の中にはそういう人もおるんけ、と思って聞いただけや」
心霊番組を見たってのはウソやない。現在の当主サマであるいもうとの吉能が出演するからってんで、とうの本人とマネージャーの雪路がふたりして「見ろ」と詰めてきたから、見た。ひとみも一緒に。
*
画面の中の当主サマは、なーんもないところを指さして、神妙な面持ちで「あそこにいます」と言い出す。カメラがその視線の先を映した。何もおらんのだからしゃあないけど、何も映らない。
当主サマとカメラマンがいるスタジオは、半年ほど前に原因不明の事故が頻発して、長らく使用を禁止されていた場所――らしい。もったいない。
別のスタジオにいる芸能人たちがざわめいて、で、当主サマ(それっぽく見えるように神主みたいな格好をしている。普段着は学校指定のジャージを着古してるってのにまあ……大勢に見られるお仕事は大変やなぁ……)は「えいやっ」と九字を切ってお祓いする。
すると、たちまち幽霊が消えたらしい。
元からおらんが。
「昔、このスタジオでこき使われて、当時のディレクターを恨みながら死んでいったアシスタントさんの霊がいました。これでもう大丈夫です」
当主サマがそれっぽいことを言った。それっぽいことを言ったあとで、それっぽい再現映像が流される。その亡くなったアシスタントのキリコさんとやらの親族の方(と名乗る女性)がスタジオにいて、涙ぐみながら感謝の言葉を述べた。実際に人は死んどるのかもしれへん。でも、そこにその、キリコさんはおらんかった。だからウチからしてみれば、何に感謝しとるのかちっともわからん。番組的にはオーケーらしい。
ひとみは「すごいじゃん!」と感動していた。騙されている。