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眠れぬ獅子  作者: 秋乃晃
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忘年会の日

 下戸だからって理由で飲み会に参加しない店長が、今日の忘年会ではウチの隣に座っていて、ウーロン茶をちびちびと飲んでいる。昔々、オーナー主催の飲み会に店長が参加したときに、そのオーナーから無理矢理ビールを飲ませられて倒れた。復帰までに一週間かかったらしい。その飲み会以降、一切参加しないし誘ってもいないのだとバイト歴の長い夜勤の比留間(ひるま)さんが教えてくれた。

 今回はどないしたんやろ、と参加者全員が内心思っとるやろうけど、だからって「なんで来たんすか」なんて訊ねて「来ちゃいけないのか?」みたいに返されても困る。来ちゃいけないわけないやろ。さらには、今回の忘年会は呑むやつ呑まんやつお構いなしに()()()ごちそうしてくれるってんだから、店長以外の全員が『余計なことは言わんようにしよう』と結託した。無料(タダ)で飲み食いできるのに文句言うヤツがおるか。おらんな。

「娘さんも連れてくればよかったのに」

 店長はアラフォーだけど、その顔つきと手にしているノンアルコール飲料が組み合わさって未成年に見えなくもない。実際、よその店でタバコを買おうとしたら年齢確認されたらしい。ウチも知らんかったら年齢確認していると思う。

「なんで?」

 酒が回ってきて宴もたけなわ、素面(シラフ)の店長に絡んだ。考えになかった、みたいな反応をされてしまって、少し焦る。

「店長がこうやって外でメシ食べていたら、家でぼっちなわけやないですか。いつもなら、夕飯、二人で食べているんでしょう?」

 店長のシフトは八時五時だ。たまにバイトの都合で五時から十時までのシフトに入ったり、夕方から来るはずのバイトが遅刻してきて残業したり、十時からの夜勤が出勤してこなくて夜勤で働いていたりするが、どれもいつものことではない。いつもこんなに不安定だったら、倒れてもおかしくないで。

「うん、まあ……」

 ひとみは、ちょっとした有名人やった。文武両道、才色兼備、すれ違えば必ず向こうからあいさつしてくれるような、明るくて礼儀正しい子。深川南中学校に通っていた。母親譲りのオレンジ色の瞳がチャームポイント(この“母親”っていうのは、つまり店長の奥さんにあたるわけやけど、この人に関しては「絶対に触れてはいけない」とパートの西田さんからきつーく言われとる。離婚しているんだとよ。なんで離婚したのかの詳しい事情は知らない)。

「女の子だし、知らん人ばっかりだったら来づらいやろうけど。ほら、前に連れてきてくれたやないですか。小学校の卒業式の日でしたっけ?」

 店長はワンオペでひとみを育てていて、めちゃくちゃに可愛がっていた。らしい。少なくとも、教師とか他の親とか、外からはそう見えていた。ウチは(ウチの家庭事情が少々特殊っちゅうのはあるが)親が学校に来たこと、覚えているかぎり一度たりともないんやけど、店長は行事や保護者会には必ず出席していて皆勤賞だったっていう話や。

 バイトなウチらもいつ運動会だとか今度は学芸会だとかの学校行事を把握していて、店長が絶対に休みたい日には必ず代わりにシフトに入り、仕事は休んでもらっていた。コンビニやし、店長が欠勤したぐらいでこの店を休業させるわけにはいかんからな。店長の代わりはいても、娘さんの父親の代わりはおらん。父親をする日には、店長ではなく、父親であってほしい。

「そういや、連れてきたっけな」

「ウワサ通りの美少女だったんで、覚えてるんですよ」


 *


 あの日。見慣れたユニフォームではなく、フォーマルスーツを着た店長。その半歩後ろをついて歩いて、コンビニに入ってきたひとみ。卒業式らしく、胸元に造花をくっつけたグレーのジャケットに、格子柄のスカート。

 ウチと目が合うと、ひとみは小動物みたいにビクッとした。明るくて礼儀正しい子、と聞いていたけども、……これはウチの人相が悪いからやな。初対面で、しかも女の子やから、怖がられても仕方ない。常連には『顔はこわいけどもどんな店の店員さんよりも親切に接客してくれる』と好評。やかましいわ。

 それから、休みなんだから仕事のことなんて気にしなくていいのに、店長はバックルームに入っていく。変にマジメだから、従業員ではないひとみは売り場に残された。

「宮下さん」

 ウチのネームプレートを見て、ひとみから話しかけてくる。身内ではない女の子から話しかけられる経験に乏しくて、ウチは気の抜けた声で「ほい?」と返事をしてしまった。道案内でも、欲しい商品の場所でも、ウチではないほうの店員が聞かれるってのに。

「あの」

 何かを言いかけて、目をそらされる。言いかけた言葉は、このときのウチには伝えてもらえなかった。店長の代わりにシフトに入っていた君津(きみつ)さんが「中学校、どこに進学するの?」とひとみに質問して「深川南です」「うちの子の学校じゃないのー」そこから世間話が始まる。いつもなら、この時間帯はウチと店長の二人で店を回している。君津さんとひとみが話している間も客は来るから、ウチが応対しないといけない。


 *


 ひとみがこのとき伝えたかった言葉は、最近になってから聞いた。

「連れて帰ってほしかった。理緒ちなら、助けてくれるかもって」

 ――それは、このとき伝えてもらっていたとしても、出来なかったと思う。


 *


 店長は笑って、ウーロン茶を飲みきった。それから、尻のポケットからスマートフォンを取り出す。

「呼んでみるか」

「おっ!」

「……ここ電波悪いな。一本吸いがてら、かけてくる」

 片手にスマホ、片手にタバコで、店長は席を立つ。

 思えば、この会話のときに、殴ってでも家へ帰らせておけばよかった。

 他人に暴力を振るうのは、太陽が東から昇ったとて許されないことではある。酒に酔っていて、は醜い言い訳や。ましてや、ウチの上司にあたる店長やから。いやいや、誰が相手だとしても暴力はあかんて。


 せやけど、このときだったら、まだ、間に合っていた。

 まだ。


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