『ライオン団地』の解
見慣れた一台の車がウチの姿を見つけて停まって、後部座席に座っていた黒髪長髪の美丈夫が降りる。桐生あきら。東京の晴海周辺に拠点を持つ霊能者集団『神切隊』の隊長。歴代の隊長が着てきた戦闘装束を身につけていて、非常にサマになっている。似合っとるんよね、この人。あきらさんの周りだけ現代じゃないみたいや。それか、大河ドラマの撮影と勘違いされるかもしれん。
「待った?」
「いえ、さっき到着しました」
「そちらの女の子は?」
ウチの隣に漂って離れないから、あきらさんからひとみについて聞かれる。別にひとみは関係ない話やし、先に帰っとってもええのに。
「参宮妃十三です。理緒ちの彼女」
「あ?」
いつからウチの彼女になったんよ。ひとみから腕を絡めようとするので、横に一歩ずれる。
「何さ」
「この子はバイト先のコンビニの、店長の娘さん。つきまとわれとる」
正しい関係性をあきらさんに伝えた。ひとみは頬を膨らませている。そんな顔しても、ウチはひとみから告られてもないし、そもそも女子中学生は恋愛対象にはならんよ。
「今日はこの子を祓うんだっけ?」
あきらさんが髪の毛を抜こうとする。たかだかひとみのために、あきらさんの貴重な商売道具を使わんでええと思うから、ウチは「違います。コイツはウチがなんとかするんで」と止めた。
「理緒ち……」
「かばったわけやない。勘違いせんといてな」
あきらさんの妖術は、この長い髪の毛を使う。髪の毛を一本抜いて、願いを込めると実現する。その髪の毛の長さによって、妖術の持続時間が変わってくる仕組みや。長ければ長いほど効き目が長持ちするので『神切隊』に所属している人たちはみんな髪を伸ばしている。
隊長であるあきらさんは特に髪に気を遣わんといけない。キレイに維持できているのは、美容師の奥さんが毎日ケアしているかららしいで。
この『神切隊』ってなんなのよ、といいますと、簡単にまとめると、ホンモノの霊能者集団やな。親父殿のようなぽっと出やない。昔々から長いこと、悪霊退治を生業としてやってきている人たち。
だから、ただ霊が見えておしゃべりできる程度のウチとは月とすっぽん。ウチが生まれた時から今まで、こうして『神切隊』と仲良くさせてもらえておるのは、あきらさんのお人柄がええからや。
「仲良いんだね?」
「仲良いんですかね。ひとみは話してくれへんけど、自宅で中一女子が首吊って死んだんやから、相当な理由があるんやろなとは思ってます。ま、ワケあり同士で惹かれるもんがあるんやろな。その辺どうなん?」
「……そんなに聞きたいなら、そのうち話すよ」
ひとみは気まずそうな顔をしている。ウチが意地の悪い言い方をしたからかな。前に、ヒミツと言われた覚えがある。ここでヒミツから『そのうち話す』に変わってくれたのはよかった。そんなに言いにくい理由があるんやろうか。
「じゃあさ、理緒と仲良しなひとみさんから、理緒に頼んでほしいことがあるんだけど、いいかな?」
うわ。出た。
「なんでしょう?」
「オレたちの『神切隊』に、理緒も入ってほしいんだよね」
ウチが幽霊を『見える』ようになってから、何度も勧誘を受けている。つまり、小学校六年生の頃から。ウチが『見える』前までは、親父殿の知り合いという認識だった。せやから、他の異母兄妹と同じように、あいさつする程度の間柄だったんよ。
「ウチはまだ、幽霊が見えて、その幽霊と喋れるぐらいの霊力しかないから無理やって」
「他の霊能者みたいに、修行すればできるようにならないかな?」
無理だと思う。第一、その修行期間の生活費が工面できない。今の生活がギリギリだってのに、バイトしながら修行しながら通院を続けるってのは、現実的に考えて不可能やで。あきらさんに頼み込めば無料で修行させてくれた上で出世払いを認めてくれそうやけども、無料より高いものはないのは西にいた頃に痛いほど理解させられた。
「やればいいじゃん、理緒ち」
今回も断りたかったが、ひとみはあきらさんの味方についた。あきらさんの『神切隊』がどれだけきついかを知らないくせに、無責任やな。
「ひとみちゃんもそう思うよね? オレと理緒とは、理緒のお父さんの代から顔見知りでね。こうやって『神切隊』に入らないかと誘っているんだけども、断られ続けちゃっていて……あ、自己紹介がまだだったか。オレは桐生あきら。この世を蔓延る悪霊を退治する『神切隊』の隊長」
ウチからひとみに、あきらさんについては何も話しとらんかったけど、あきらさんのほうから自己紹介してくれた。ふところから名刺を取り出して、幽霊やから受け取れないひとみの代わりにウチに渡してくる。ウチはあきらさんのことを知っとるから、名刺は別にいらない。
「コンビニで働くのと、人知れず悪霊退治する正義のヒーローとして活動するの、どちらかを選べるのなら後者のほうがいいだろ」
よかないわ。命を懸けてまで戦いたくない。そういうのは『怖い人』たちの権力闘争で、もうこりごりなんよ。生まれたときから『神切隊』の跡継ぎとして育てられてきたあきらさんの前では口が裂けても言わんけど。
「うっさ」
せいぜい悪態をつくだけに留めておく。あきらさんが『神切隊』の勧誘に必死なのは、いつだって人手不足だからやね。この人は汚れもほつれもないような服を着ているけれど、親父殿が『神切隊』の悪霊討伐へと駆り出されたときには全身ひどくボロボロになって帰ってきていた。あきらさんの乗ってきた車で、戦地まで直行直帰やった。帰ってこられない人だっているんやろうな。それに比べたら、コンビニのバイトで命を落とす確率はすんごい低いやろ。強盗が押し入ってきたら戦わずに金を渡せ(あとで本部が負担する)ってマニュアルに書いてある。他はなんやろな。特に危ないもんは思い浮かばん。たまにケガするやつはおるけど、そういうのはだいたい本人のミスやし。
「理緒の気が変わったら、いつでも電話してほしい。どこからでも迎えに行くから」
「ははは……」
笑ってごまかす。ウチは親父殿と違うから、名誉はいらない。正義のヒーローにはなりたくなかった。なれるわけないやろ。なるべく安心安全な場所で過ごしていたい。スマホにアニキとアネゴの写真が送られてきたウチは、もう二度とこの人たちとは関わりたくないと本気で思ったし、アニキだってそう思ったからこそウチを東京に送り出したんやと思う。正義のヒーローであるならば、そのメールの送り主を特定して復讐すべきなんよ。ウチは、あのスマホを捨てた。電話番号もメールアドレスもあのとき使っていたものを使っていない。
「立ち話が長くなってしまったね。行こうか」
これから高畑の家に行くわけなんやけど『行きたくない』ってのが本音や。すべてをあきらさんに一任して、帰りたい。会話の成り立たない幽霊なんてろくなもんやない。幽霊から怪異に変異しつつある。ウチには手に負えない。手に負えないからこそ、あきらさんを呼んだわけやけど。あきらさんの領分やし。
ウチにやる気があるのなら、あの高畑からの電話があってから大至急で『神切隊』をこのライオン団地にまで送り込むべきやった。せやけど、ウチはあきらさんへ電話をかけて、すぐにではなく、今日を選択している。あきらさんの側が忙しかったってわけやない。ウチに都合のいいように、今日のこの時間とした。それでいて、ウチは帰りたくなっている。なんやろね。
「理緒ち、行かないの?」
なかなか動き出さないウチの背中を押すように、ひとみが聞いてくる。ひとみのオレンジ色の目がらんらんと輝いているように見えた。
「ひとみはついてくるんか?」
「ホンモノの霊能者の除霊シーンを見てみたくてさ。理緒ちのいもうとさんの出演していた番組を見たじゃん? あれはホンモノじゃないって理緒ちが言うから、ホンモノはどう違うのか気になるだろ」
理緒ちのいもうとさんこと、吉能には幽霊が見えない。本人は見えると言い張っていて、霊能者としてテレビに引っ張りだこやけど、ウチがひとみを連れ帰ってきた日に何の反応もなかった。それからもひとみが宮下家に居座っているのに知らんぷりや。……本当に見えないのだと、確定情報として知りたくはなかったから、たとえウチが外で幽霊を見かけても宮下家にまで連れ帰ることはしなかったが、今回明らかになってしまった。わかっちゃいたけど、まあ、な。
「巻き添えを食らうんとちゃいます?」
「理緒ちが守ってよ」
「ウチが?」
「彼女とまでいかなくても、私と理緒ちは友だちじゃん?」
友だちかな。友だちなら、まあええか。いうて、バイト先の店長の娘とただのバイトが友だちって、不思議な間柄ではあるな。
「せやな。あきらさんの仕事ぶりを見学させてもらおうか」
以上で、一旦更新を停止させていただきます。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
残りのエピソードはぼちぼち投下していきたいと思います……!




