御徒町樹里の冒険 みんな仲間
僕は勇者。
とうとう最後の敵であるコツリも倒した。
いや、最後は大賢者ジーフが自分を取り戻してくれて、助けられたのだ。
結局、樹里ちゃんとコンラは、父母を同時に失うという悲しい結末を迎えてしまった。
「何だ?」
震動が伝わって来る。
「この地下城は恐らくコツリの力で存在していたはず。そのコツリがいなくなった今、支えるものがないという事だ」
コンラが言った。
「すぐに脱出だ」
僕が宣言する。しかし、
「私はここに残る」
コンラの言葉に、カジューと樹里ちゃんが驚いた。
「コンラ様、何を仰るのです?」
「お姉ちゃん!」
コンラは二人を見て、
「私はもはや使命を果たした。もう何も思い残す事はない」
「お姉ちゃん……」
樹里ちゃんは悲しそうだ。カジューは震えながら涙を堪えている。
「ダメだ」
僕は勇気を出して言った。コンラが僕を睨む。
怯みそうになったが、何とか踏ん張った。
「コンラ、もう君は僕達の仲間だ。そんな勝手は許さない。僕達と共に地上に帰るんだ」
「勇者様……」
樹里ちゃんが尊敬の眼差しで僕を見ている。カジューも、
「そうです。貴女はあの時、私に仰ったではないですか。愛しい人と。私は貴女と生きる事が、これからの人生の全てなのです。もう、そんな業はお捨て下さい」
「カジュー……」
コンラとカジューはしっかりと抱き合い、泣いた。
僕ももらい泣きした。
リクはすでに号泣している。
カオリンとユカリンは抱き合って泣いているが、泣いている理由が違うようだ。
ノーナはユーマと涙を流しながら語り合っている。
モンスター達も、コンラとカジューと樹里ちゃんを囲んで泣いていた。
「と、とにかく脱出しましょう。天井が崩れています」
ノーナが叫んだ。
「大丈夫よん。私ができる限り受け止めるのねん」
ユーマがピースサインを出して言った。
僕達は崩れて行く天井や壁を避けながら、地上へと向かった。
カジューと樹里ちゃんが魔法で瓦礫を防ぎ、ユーマが天井を受け止めて投げ飛ばす。
リクはコンラを背負い、嬉しそうだが、足場の確認のため先発しているノーナはプリプリしていた。
間一髪のところで、僕達は地下城からの脱出に成功した。
「ああ……」
振り返ると、地下城の入口から土煙が上がり、その後、陥没ができて、巨大な穴になった。
「蓋がいるのねん」
ユーマがどこからか巨大な岩山を担いで来て、それを穴の上にドスンと置いた。
「封印を、勇者様」
樹里ちゃんが言った。
「わかった」
ラスボスを倒した勇者が旅の最後に行うのが、この秘技だ。
「えーい!」
岩山に先祖代々伝わる秘伝の呪文を書き込む。
これで悪は封じた。
そしていよいよパーティ解散の時。
「カジュー様……」
悲しそうにカジューとコンラのカップルを見つめるカオリン・ユカリン姉妹。
「二人共、本当にありがとう。君達の事は決して忘れない」
「私もだ」
カジューとコンラの言葉に何も返事ができないほど、カオリンとユカリンは泣いていた。
「さらばだ。また縁があったら会う事もあろう」
コンラがそう言った。二人はカジューの竜巻で飛び去ってしまった。
「私達は、新たな恋を探しに旅に出ます、勇者様」
カオリンとユカリンは涙を拭って失恋旅行に行くようだ。
「さようなら、皆さん。お元気で」
今までの仲の悪さが嘘のように、気の合う二人になったらしい。
「私達も、行きましょうか」
ノーナが言った。リクが、
「そうだなや。行くベーか」
と答えた時だった。
「やっと魔法が解けたじょー」
とどこかで聞いた声がした。
「誰?」
ノーナが辺りを見回す。すると、一匹の猫が現れた。
「ノーナしゃん、僕だにゃん」
「えっ?」
ノーナは何故か感動に打ち震えている。誰なの、この猫?
「コツリの魔法で、悪い妖精にされていたにゃん。もう大丈夫だにゃん、ノーナしゃん」
「ええ? もしかして、ネコにゃんなの?」
「そうだにゃん」
ノーナはリクの手を振り払い、猫を抱きしめた。
「会いたかったわ、ネコにゃん! ずっと探していて……。でも、見つからなくて……」
感動の再会なのだが、リクは悲しみで号泣していた。
「ノーナしゃーん!」
ノーナはそんなリクを見向きもせずに、
「勇者様、樹里様、お世話なりました。私、ネコにゃんと故郷に帰ります」
「ノーナ、メールするわよん」
ユーマももらい泣きしながら言った。
「ええ、ユーマ。私もするわ」
こうして、ノーナと突然登場した猫が新しいカップルとして去って行った。
「妹よ……」
またどこかで聞いた事がある声がした。
「誰なのよん?」
ユーマが反応した。すると、ヤギーが現れた。
あれ、こいつ、どこにいたんだ?
「私もコツリに魔法で遊び人にされて、今まで記憶を封じられていた。それが解けて、ようやく全て思い出せたのだ」
「はあ?」
ユーマは訝しそうにヤギーを見た。
「おお、この扮装を解かないとね」
ヤギーはメイクを落とし、巫山戯た服を脱いだ。
「おおっ!」
何と、ヤギーの正体は王子だったのだ。服の紋章から、ボーギイヤ王国のようだ。
じゃあ、ユーマも王女なのか?
「お前は、小さい頃に生き別れとなった我が妹なのだよ、ユーマ」
「……」
ユーマはまだ信用していないようだ。
「まだ実感が湧かないようだが、紛れもない事実だ。お前の腿の内側にハート型の痣があるはずだ」
「えっ?」
ユーマはギクッとした。どうやら痣があるようだ。
「本当にお兄ちゃんなの?」
「ああ、本当だよ」
「お兄ちゃん!」
二人はヒシと抱き合った。
「……」
呆然と見ている僕とリク。
「では皆さん、私達はボーギイヤ王国に帰還します。さらばです」
「さようなら、皆さん」
ヤギー(本名不明のまま)とユーマは去って行った。
残ったのは、僕と樹里ちゃんとリク。
僕とリクは顔を見合わせた。
またこいつ、樹里ちゃんに乗り換えるつもりか?
その時だった。
「こらあ、おめえさ、こんただとこにいただか!」
と大きな声が聞こえた。
何故か蒼ざめるリク。
声の主を見ると、実に栄養の行き届いた体型の女性が立っている。
「なーにが、勇者様のお供をして、魔王を倒すだあ? おめえさは、女子のケツさ追いかけてただけだべ」
「ご、ごめん、母ちゃん!」
か、母ちゃん? もしかして、奥さん?
「はるばるドウカイホク王国から来てみれば、相変わらずのスケベ男でねえか」
「ゆ、許してけれえ、母ちゃん……」
「いんや、許さねえ! これから家さけえって、子供の守り子さしろ」
「ひーっ!」
奥さんと思われる女性に引き摺られて、リクは去ってしまった。
あいつ、子供までいたのに、カオリンや樹里ちゃんやノーナや、果てはコンラにまでちょっかい出そうとしていたのか……。底なしの女好きだな。
あ。今、僕は樹里ちゃんと二人だ。
「樹里ちゃんはこれからどうするの?」
僕は恐る恐る尋ねてみた。
すると樹里ちゃんは笑顔全開で、
「もちろん、勇者様と暮らします」
「あっ、そう、そうなんだ……」
よく聞き取れなかった。えええっ? い、今何て?
「勇者様と暮らしたいです。お嫌ですか?」
僕は卒倒しそうだった。
「ど、どうして僕なんかと?」
それが一番の疑問だった。
「千年前に、マングー王国で私を匿ってくれた人がいました。その人の息子さんが、私と結婚すると言ってくれたのです」
むむ? また妙な話を……。
「でも何年か後にマングー王国は悪魔コツリの軍隊の攻撃を受けて、兵士だったその人は戦死してしまいました」
「……」
まだ意味がわからない。
「その人の死ぬ間際に、生まれ変わったら必ず結婚しましょうと私は言いました。そして、やっと出会えたのです」
「えっ?」
少しだけわかったような気がした。僕は、その兵士の生まれ変わりなのか?
「私は、コツリの封印が緩む周期ごとにそれを強化しながら、ずっと貴方が生まれるのを待っていたのです」
「樹里ちゃん……」
僕の前世の記憶が甦った。その時の情景がフラッシュバックする。
「結婚して下さい、勇者様」
樹里ちゃんが笑顔で逆プロポーズをしてくれた。
「はい。こんな僕で良かったら」
僕達は、初めて抱き合った。樹里ちゃん、柔らかい。そして、いい匂い。
とても、千歳を超えているとは思えない……。あああ!
「でも、樹里ちゃんは年を取らないんだよね。僕は……」
非常に悲しい現実に気づいた。僕が死んでも、樹里ちゃんはずっと生き続けるんだ。
「大丈夫ですよ、勇者様。私は魔力を捨てて、普通の人間になります」
「樹里ちゃん!」
僕はもう一度彼女を抱きしめた。
僕はこうして、大願成就し、故郷であるマングー王国に帰った。
もう二度と会わないかも知れない仲間達。
この貴重な旅を永遠に残すために、僕はこれを書き綴る事にした。
書き出しはこうだ。
『僕は勇者。 この世を闇に包もうとしている魔王コンラを倒すため、旅をしている』
── 完 ──