ヤクザな男
「ちっ、全くよ~アクセルとブレーキ間違っただけだよぉ?兄ちゃんも人間だろぅ?それともなんだ、ただの地方公務員か?はははは~」
「良いから答えろよ、絞めるぞ?」
「はいはい、オタクらが故意に突撃したって言いたいんならどーぞー。組織犯罪対策課って俺らをしめあげたいんだろうぉ?」
「うるせー馬鹿野郎!」
ドアが開く。
「サカグチ、今日はここまでだ。続きは明日だ。今谷、明日令状とって家捜だからな」
「はいはーい、なんとでも」
サカグチと言う巡査か、行っても巡査長くらいか。若いのとドアを開けて出てきた恐らくサカグチの上司であるまあまあ歳の行った警察官が手錠のかかっている男を連れ出す。
男の名前は今谷 龍太郎。イマタニ リュウタロウと読む。指定暴力団川尻組系二次団体の高尾組の若頭補佐である。業界では小さい仕事も断らない仁義と実際に鉄砲を持ったことがあるかは不明だが、度胸のある鉄砲玉として活躍し今の地位までのし上がった。次期若頭、そしてすぐに高尾組会長や直系の上位組織川尻組の幹部として抜擢される可能性もあった。
ちまたでは”龍ちゃん”とか”龍さん”とか、他の組からだと”高尾の龍”などと言われている。
この業界では一度服役すれば大きくなって帰ってこれる。つまり若頭級は間違いないということで、抗争中の他団体の事務所へ車で突っ込んだのであった。そこでさっきの”アクセルとブレーキを間違った”と言う話になるのだが、警察がこれを本当だと信じるはずがない。
「おいっしょ~今日もここかぁ。サカグチ君どうもね~」
笑いながら今谷がぺちゃくちゃしゃべる。しゃべりながら留置所へ入った。サカグチは今にもキレそうな顔をしているが、余計なことはしゃべってはいけない規則になっているため我慢した。
「あんれ~?じいさん・・・って歳でもねえな。おっちゃんどうしちゃったの?」
「えええ・・・ああ・・いやその・・・」
「なに、人でも撥ねちゃった?」
「いやその、古物営業法なんですよぉ」
「コブツゥエ、何??なんだって?」
どすの利いた声で今谷が言うもんで、おっさんがびっくりしてしまい、さらに声が小さくなった。今谷は結構、応用の利く男であったため、すぐに気づいた。
「あ~おっさん、ごめんねぇマジで。びっくりしちゃったっしょ~俺は今谷っていうんだけどさ、ま、早い話、ヤクザよ。高尾組って駅前のデパートの裏に事務所あんの知ってる?」
「・・・あ、はい」
「そこそこ!結構みんな知ってんだなぁ~昨日さ、違う組に車で突っ込んだらこれだよ~死人もけが人もいねえし器物損壊で1,2年ってとこかな!」
男が笑いながら言った。その時おっさんは、丸印に留置所の”留”と書いてあるスウェットの首の横から見えてしまった。青黒い丸い浮世絵の波のような模様が入っている。おっさんは”まずい、本物だ”とまたびっくりして動けなくなってしまった。
「あ?これ~?紋々よ、入れないと破門(波紋)だぜ~はははははは!」
おっさんはジョークも笑えず、苦笑いに近い事をした。
「しかしよ、俺はま、良いとしてもよ、おっさんは結局何したのよ?」
「あ、私は・・・さっき逮捕されて、許可を得ないで買い取りしたりとか、人の悪口書いたりとかですね・・」
「はぁ~?マジで言ってんの?そんなので逮捕されるの?許可なしで買い取りなんて俺らバンバンやってるぜ?いちいちそんなのもポリは監視してんのか?」
「いや、恐らく通報されたんだと思うんですが・・・」
「ほほう~」
今谷はまた感づいた。
「おっさん、何か恨まれることしたか?!」
「・・・結果的にはそうなってしまいました。」
「ふ~ん~」
今谷は少し考えて、おっさんへ再度聞いた。
「おっさんさ、世の中ナメたんじゃねえの?」
「・・・・そうですね。インターネットで色々買い取りとか売ったりしてたのですが、個人売買と思っていたんですけど、個人の域を超えるような事をしていたみたいです」
「インターネットってのは?」
「ガヌーオークションでアマチュア無線機を買い取ったりして修理して売っていました。後売った人の改造とかが気に食わなくて詐欺師ですとか書いてしまったのがダメだったようです」
「へえ~つまり、外道を許せない頑固技術者ってことか」
「ま、まあ…そうですね、関東にあるK市にある無線メーカーで三十八年働いていました」
「なにやっちゃってんのよなぁ、もったいないぜおっさん!」
「・・・そうなんですよね、でももう六十五歳ですし、失うものもそうあまりありません」
「う~ん、まぁ商売はな、俺らもやりにくいからなあ~」
「そうなんですか?」
「おう、ヤクザってのは、今は暴力団対策法ってのが出来たから銀行口座も持てないし、そもそも表立って活動できねえんだよ。みかじめも昔見たいに出来ねえし、いまじゃフロント企業装って何かあった時に集まるってスタイルか?俺も一応中古車屋に勤めてる事に表向きはなってっけど、バれるから健康保険とか年金とか払ってねーぜ?当然給料も現金手渡しよ。裏の社長は俺だけど表向きには違う社長がいてよ、そいつに給料として支給を多くして、その分貰うってやり方してんのよ」
「す、すごいですね・・・」
おっさんは感心した。自分も色々やったが中々ここまでは思いつかないなと感じて妙に納得した。
「俺もよ~昔はさほどヤクザなんてやりたいと思っていなかったんだけどな、ちょうど就職氷河期って奴?それで困っていたら今の親分が助けてくれたのよな。人を助けるって悪い人間でも助けなきゃどうすれば良いのか考えてるって思うことはあるんだぜ。それが仁義ってことよ。恩返しってことよ。だから俺は殺しはやらねえし、自分を失うクスリも取り扱わねえしやらねえんだ」
「・・・仁義ですか」
おっさんは今まで考えたこともない事を考えてみて不思議に思っている。一生懸命技術者として働いて、直らない物が直る、売れるものを作る事を考えてきたせいで、人間味を失ってしまったんだとこの時点で気づいた。
「私は、少し、頑張りすぎたのかもしれないですね」
「おう、ま、どうなのかな。俺はあんたみたいな頭の良い奴じゃないからな。俺が頭良かったらヤクザなんてやってねーからな。ははは」
留置所当直が来た。
「おい、うるせえぞ」
「すんまっせん!」
イマタニが叫んだ。
おっさんは逮捕された事、自分の今まで考えてきたこと、人間味が無い生き方をしてきたこと、そのせいで迷惑をかけた人がたくさんいること、奥さんの事、色々考えすぎて力が抜けてしまっていた。
「う・・・ごめんなさい、もう、寝ます」
「弱っちまったか。まあ、しかたねえな」
そのうちに今谷もパワー切れで寝てしまっていたようだ。
翌朝。
「今谷、お前は本部で取り調べだ。身柄移送するから出ろ」
「はあ?なんか大ごとじゃ~ん。マジで言ってんの?」
「黙れよ、良いから出ろ」
「うい~、おっさんじゃあね。昨日は面白かったわ~」
サカグチと上司が二人がかりでイマタニを出した瞬間、大急ぎで別の警察官が走ってきた。
「おい、ササイ、奥さんが救急車で運ばれた」
「え・・・・・・」
「恐らく死んでるぞ。自殺か他殺かはこれからだと思うが川で発見されてさっき救急車で市立病院に向かったようだ。免許証を持っていてすぐこっちに連絡が来た」
「・・・・・・・・」
後ろから違う警察官が来た。
「あ、タシロ班長」
アダチが言った。その後タシロがササイに向かって言った。
「ササイさん、今奥さんの死亡確認の連絡が来たから。でも取り調べは申し訳ないけど続けるよ。奥さんの件は我々ではなく刑事課が入るから最終的に何故亡くなったかはそこでわかる。でも俺の予想だと、あなたが逮捕されてショックだったんだろう。衝動的になってしまったんじゃないのかな。あんた、何もかも失ったな!高を括ったな!」
ササイはもう何も言えなくなり、泣いてしまっていた。
ササイを逮捕したアダチは半分予想外と言うのと、残りはどこかでこんなことが起きるのではと思っていたが、もう半分が当たってしまったことを、悔やんでいた。しかし今は、違う事も思っている。
『あいつら国税だったな。もしかして逮捕もそうだが、とんでもない追徴課税が来て奥さんパニックになったんじゃ・・・』
アダチとタシロは二人でササイを移動させようとしたが、動かなくなってしまったササイは何もしゃべれなくなってしまい、結局この日の取り調べは中止した。
アダチは、拘留延長の令状を取るため申請書を書き始めた。
「タシロ班長、また裁判所行ってもらっても良いですか?」
「ああ、いいよ。でも俺は話聞けたら釈放して在宅起訴にするつもりだったんだがな」
「仕方ないっすよ。二つ罪状上がっちゃったらさすがに任意では無理ですもん」
「うーん、そうだな」
その頃イマタニは「そういえばあのおっさんの名前聞かなかったな~シャバに出たらネットで検索でもしてやりたかったんだけどな~」と警察の移送バスの中でニヤついていた。
※この小説はフィクションです