世話を焼きたい男
「タカハシ君のバイタリティにはね、本当に驚いているんだよ!」
カメラマン、と名乗るには本当に写真の事をよく知っているのか?と言う感じの40代のおっさんがそう言っていた。格好はカメラマンなのだが、何かこう、カメラマンと言う仕事を理由にして違う事を考えているような、そんなインチキくさい臭いがするのだ。子供の野球やサッカーを撮る事をメインの被写体にしているのだが、それを理由として別な事を考えている気にしかならない。
具体的には、身なりや言動が「とにかくよくわからないがダサい」のだ。一緒に居て恥ずかしい、そう言う気分になる。
私の名前はタカハシ。芸術大学でアートを学んでいるが、アルバイトを探してフォトグラファーと言う格好のいい名前にだけ憧れて応募してみた。来た連絡には、カメラを持って郊外の野球場に早朝来いと書いてあった。早朝と言うだけでも苦手だが、何とか駆け付けた先には、子供のスポーツを撮ると言う仕事であり、造形が好きな自分には興味が無くやる気も正直あまり出ないので、適当にやっていた。そんな中、2回目の撮影で出会ったのがこのおっさんだった。それも早いもので3か月が過ぎて、このおっさんと二人で撮影するのももう、何度目だろうか。基本的に休日は暇なので仕事を断らないように、アルバイト先の会社に迷惑が掛からないようにしているだけで、授業料の一部を賄えればと、そんなに努力もしないで撮っていたところで、驚かれてしまった。自分は普通の事しかしていないのに。
「タカハシく~ん~、今日飯食って帰ろうよ~おごってあげるからさ~」
困る。独りでいる時間が至福なのに毎回これだ。前回は意味がわからなかったのだが、白米5kgを貰った。自分たちで食べればいいのに。でもこれって、社会ではこんなもんなのかと思っていたので、とりあえず今日もおごってもらおうか。挨拶をして、頭を下げて、ごまをすって、飯おごってもらって、いい気分にさせてあげて、これが普通なのかな。
ちょっと、聞いてみよう。
「あの、フクダさん?フクダさんってどうして色々こうやっておごってくれたりするんですか?毎回、現場まで車で乗せていってくれたり、他の人はそんな事してくれませんよ?」
「あ~俺、昭和の人間だから~昔はね、みんな助け合っていたからね~タカハシ君も困ってるだろうからさ、ご飯食べさせてあげたいのさ~」
「・・・そうだったんですか、すいません」
「謝る事じゃないでしょ~いいんだって~」
社会経験のある大人なら、心からこのやり取りだけで感謝できるのだろうが、自分は若さもあったのか、面倒くさい、早く解放しろ、寝たい、としか思っていなかった。若い時にはよくある思考である。
もう話には出ているが、このおっさんの名前はフクダと言う。
「タカハシく~ん」
「はい、なんですか?」
「明日さ、知り合いの畑やらなきゃならないんだけど、一緒に来て手伝ってくれない?」
「・・・・・・え?」
私はフリーズしてしまった。フクダさんの畑じゃないんだよね?いや知り合いって誰だ?一応聞いてみるか。
「知り合いって、誰ですか?」
「あ~俺の昔の友達よ~きゅうりくれると思うよ~」
きゅうりとか、とりあえず今はいらねえよ・・・少しだけう~んと言った後に
「すいません、明日は大学の友達と大学内でイベントがあってそっちに行かなきゃならないんです」
「え~そんなの要らないじゃん~キャンセルできないの~?」
若いながらに呆れてしまった。自分の都合に合わないとこうなるのか。いや、待て・・・・
これは・・・今まで世話してくれた事って、こういう時に良いように使うためだったのか。探る頭も時間も今はない。とりあえずキャンセルしなくては。
「すいません、明日は先月から予定入っていたものですから・・・」
「え~ケチだなぁ」
お前がケチだろう。
それから、10年経った。
自分はアートディレクターとして就職して別の街に行ったが、仕事がうまくいかず結局帰ってきて、芸術系から離れた仕事をしている。フクダさんはその後独立し、学校法人を立ち上げ理事長となった。学校はすでに二つ経営している。あのフクダさんがここまでやるとは驚きだった。しばしフクダさんとは会っているが、50代になったフクダさんは、完全に人を選ぶようになった。そして、スケールはもっと小さくなった。
「タカハシ君今度さ、焼き肉屋から移動販売車借りれる事になったんだけど、手伝ってくれない?」
「・・・いや、食品衛生に関わるのは食中毒とか起こしたら嫌なのでダメです」
別の機会に
「タカハシ君今度、一般社団法人立ち上げて食育のイベントやるんだけど手伝ってくれない?」
「いやイベントとか苦手で・・・」
こんな具合に逃げて回っているのだ。
私は賃金が欲しいとかではない。この人の計算しつくした計算。と思われたが周りの人にバレバレな空気にイラついているのだ。色々話を聞くとこの学校法人に関わる業者も金が関わるからと仕方なく付き合いをしているそうで、逆に知り合いだからとフクダさんは依頼するも、騒音や地域住民からのクレームにチンピラのような返事をしたりする知り合いだったり、他にも経営陣はフクダさんから一向に解放されず、23時まで立ち話など、普通だそうだ。
1か月程前、偶然にもまとまった時間があり、天ぷらそば食おうぜ!と言う話になった時があった。自分がフクダさんの家に行ったのだが、共通の友人のB氏が来ていた。なにやら話を聞くとフクダさんにフリマアプリで代理購入してもらったものを取りに来たそうだ。B氏はすぐ帰ってしまったが、様子がちょっと変なようにも見えた。フクダさんに呆れていたのだろうか。
その後、蕎麦屋で2時間ほど時間潰したのは、言うまでもない。
※物語はすべて事実ではなくフィクションです