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第七話 遠足

 木漏れ日の下、小鳥がさえずる田舎道。

その道を歩く女児三人と大人一人の姿があった。

「えーんそく、えんそっく」先頭にカーシアがスキップして行く。金髪のツインテール髪も跳ねている。

「ヤストキ先生、早く行こーよ」ミルティアの銀髪がそよ風になびく。

「そんなに急がなくても、湖は逃げていかないから」ヤストキは左手にパンかご、右手に釣り竿を持ってのんびり歩いていた。

「本当にそうですわ、湖はどこにも行きませんのに」ヴィオレータは単に歩くのが遅いので、ヤストキと並んで歩いていた。

 トラマド湖の場所はバモス隊長から聞いていた。 

バモス隊長の日常業務は、部下の兵士が領内の村々を巡回し、とりまとめて報告するのが主な仕事らしい。バモス隊長も兵士の詰め所にいては暇なので、巡回と称して散歩するそうだ。兵士が暇なのはいいことである。

 つまりは領内の安全な場所であり、遠足の目的地にふさわしい。


 昨日の昼食後のこと。

「明日、天気が良かったら、みんなで遠足にいこうと思う」

「ヤストキ先生、えんそくってなーに?」カーシアがきいた。

「ちょっと遠くまで出かけて、きれいな景色を見たり遊んだりすることだよ」

「おもしろそう」

「どこに行くんですの?」ヴィオレータがきいた。

「東にあるトラマド湖さ」

「なんか聞いたことあるー、お屋敷に来る魚屋さんが言ってたかも」ミルティアがいった。

 毎日がハイキングみたいな生活しているのに、ハイキングもどうか?と思ったのだが、物置を物色していたら偶然にも釣り竿と釣り道具が見つかったので、近くの湖へ遠足に行くことになった。


    *     *     *

 三十分ほど歩くと、トラマド湖に着いた。

「わーい、ついたー」

「お水がいっぱい」

「きれいですわ」

青く澄んだ沖には小舟が浮かんでいて、漁師が網を打っている。

湖の透明度は高く、小魚の魚影も見える。

ほとりの村には漁師の家や雑貨屋があった。

 ヤストキは岸の岩場に座り、釣りの仕掛けを準備する。

後ろに誰もいないのを確認すると、仕掛けを軽く投げた。

そして、仕掛けを投げてしばらく経った。

女児たちは岸に集まって釣りの様子を見ていたが、水面にも釣り竿にも何の反応も無いのを見て飽きると砂浜へ行った。    

岩場の向こうは、遠浅の砂浜になっている。

「水の中に入っちゃダメだぞ、まだ水は冷たいだろうから——」

ヤストキが言ってるそばから皆、遊びを開始していた。

三人とも靴を脱ぎ、砂浜を歩いている。

「ひゃー、冷たい」ミルティアはワンピースのすそをたくし上げ、足を水に浸ける。

「ヤストキ先生もこっちに来てあそぼー」と、砂浜でスキップするカーシアが呼ぶ。

ヴィオレータは不思議なおどりを踊っている。

 やれやれ……と思いながら水辺で遊ぶ様子を眺めていると、釣り竿が引っ張られるのを感じた。

すぐに竿を引き上げると、餌は取られていたのだった。


 ほとりの村から、お昼を告げる鐘の音が聞こえた。

「ヤストキ先生、お昼ー」女児三人が声をそろえて呼ぶ。

「はいはい、今そっちに行くよー」

午前中はアタリがあったものの、何も釣れずに終わった。

 辺の村に、雑貨屋兼食料品店があったので、ヤストキはミルクを買うことにした。

「夏になると、あちこちの村から泳ぎに来る人も多いんですよ」店員の老婦人はミルク瓶を素焼きのコップに注ぎながらいった。

屋外には湖に訪れた客の休憩用に、石のテーブルとベンチが置いてある。

「はい、お弁当だよ」ミルティアがパン籠を開ける。

ジャムを塗っただけのサンドイッチと冷たいミルクというシンプルな昼食も、青い湖を眺めながら食べると格別だった。 


 食後のひととき。

ミルティアは持っていた銅製の鳩笛はとぶえを吹いた。鳩笛は心地いい軽やかな音色をしていた。

セキレイや鳩、その他名前のわからない鳥たちが寄ってくる。 

「ニワトリとかも呼べるの?」カーシアがたずねる。

「食べたことのある鳥は来てくれないの……」ミルティアがぽつりといった。 

その時、上空に何か大きな鳥が現れた。

それは猛禽類を思わせる一羽の鳥だった。

羽毛が雪のように白く、高い所を飛んでるのでわからないが、広げた翼もかなり大きい。湖面に大きな影が旋回し、しばらく空にたたずむ。

「今日はっきい子が来た」と、カーシア。

「羽毛が白くてきれい」ヴィオレータがつぶやく。

「何あの、でかい鳥は……」ヤストキは目を見張った。

「この笛を吹くと、いろんな鳥さんが来るの」ミルティアは笑顔で事も無げにいった。

謎の大きな鳥は悠々と飛び去っていった。


 昼休みが終わり、ヤストキたちは釣り場に戻った。

釣り竿のほうはぴくりともしない。

「ふー」ヤストキは竿を置き、芝生に寝転んだ。

青空をみている内に、眠気がきた。


「ヤストキ先生、寝ちゃったよ」ミルティアがいった。

「しょーがない、私たちでみはってましょ」ヴィオレータは岩場にしゃがんだ。

ズッ、ズズズッ。

竿が何かの意志を持ったように湖側に動いた。

「ひ、引いてますわ!」ヴィオレータが驚いて竿をつかむ。

「はわわっ」ミルティアも竿をつかむ。 

「ヤストキ先生、起きて」カーシアはヤストキを揺さぶった。

「えっ何、どうしたの?」ヤストキは飛び起きた。

「竿、引いてる」

ヤストキはあわてて駆け寄り、ミルティアとヴィオレータが握ってる竿を受け取った。

思い切り持ち上げると、40センチほどのますを釣り上げた。

「やったー」皆がいっせいに声をあげた。


 夕刻前の山荘。

釣果ちょうかは一匹でも、大人一人と子供三人にとっては十分なので、満足して帰宅したのだった。

台所では、いつもと違う食材に皆興味津々である。

ヤストキは手早くますを三枚におろし、切り身にした。

「料理はムニエルでどう?切り身に小麦粉をからめて、フライパンで焼く」

「ムニエルはお屋敷やしきで作ってるの見たことあるよ」ミルティアが答え、メニューは決まった。

ヴィオレータが切り身に小麦粉をからめる。

ミルティアがフライパンで丁寧に焼き上げる。味付けは塩と刻んだ乾燥ハーブだ。

カーシアはその間、付け合わせのハーブを庭で摘んでいた。


 湯気の立ったムニエルの皿がテーブルに並ぶ。

「いただきまーす」

ますっておいひー」カーシアは口をもぐもぐさせていう。

「おいしいですわ」ヴィオレータはナイフとフォークを器用に使って小骨を取り除いて食べている。

「おいしく焼けたー」ミルティアは焼き加減に満足していた。

「うん、うまい」ヤストキは釣果もあったので、美味さはひとしおに感じた。


 こうして、思いつき遠足行事は無事にめあてを達成したのだった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 


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